熊本の甲子園初戦クロニクル|九回の向こう側にあった、二つの長い夏

九州

初戦・故郷の白球史|49代表地区に残る、勝った夏と負けた夏
熊本の甲子園初戦クロニクル|九回の向こう側にあった、二つの長い夏

高校野球の試合は、九回で終わる。

もちろん、同点なら延長戦がある。

けれども僕らは、どこかで九回を一つの境目として見ている。

あと三つのアウト。
あと一度の攻撃。
そこまでに追いつけなければ、夏は終わる。

ところが熊本の甲子園初戦史には、その九回だけでは収まり切らなかった夏がある。

1978年、春夏を通じて初出場の熊本工大高。

青森北との初戦で、一回に2点を先制した。

しかし四回に一点、五回に3点を奪われ、2-4と逆転された。

そのまま迎えた九回表。

初出場校に残された最後の攻撃で、熊本工大高は2点を奪った。

4-4。

九回では、終わらなかった。

延長十回、熊本工大高は一挙4点を奪った。

8-4。

初めて立った甲子園で、九回の向こう側から初勝利を持ち帰った。

それより十四年前。

1964年8月9日。
東京オリンピックを秋に控えた年の、夏の甲子園開幕日だった。

初出場の八代東は、開会式で亀山謙吉主将が選手宣誓を行った。

そして開会式直後の第1試合で、掛川西と対戦した。

一回から十八回まで、両校無得点。

八代東の池田純一が187球。
掛川西の二年生左腕・山崎道夫が221球。

十三安打と九安打。
両校合わせて二十二本の安打が出たのに、一人も本塁へ帰れなかった。

延長十八回を終えて0-0。

勝者は決まらなかった。

選手たちは宿舎へ戻り、翌朝、もう一度同じ相手と一回表から試合を始めた。

八代東は再試合の初回に2点を先制した。

けれども掛川西がその裏に3点を奪い、最終的には6-2。

八代東の初めての甲子園は、一試合では終わらなかった。

二日間。
二十七イニング。

九回の先で勝った熊本工大高。
十八回でも終われず、翌朝もう一度戦った八代東。

熊本の初戦史に残っているのは、勝敗だけではない。
決められた時間を越えてなお、白球を追い続けた少年たちの長い夏である。

この記事の30秒要約

勝った初戦は、1978年の熊本工大高8-4青森北。初出場の熊本工大高は一回に2点を先制したが、五回までに2-4と逆転された。九回表に2点を奪って追いつき、延長十回に一挙4点。猪口投手が10回を投げ切って甲子園初勝利を挙げた。続く静岡戦も延長13回で制し、初出場ながら16強へ進んだ。

負けた初戦は、1964年の八代東対掛川西。最初の試合は延長18回0-0の引き分けであり、翌朝の再試合に八代東が2-6で敗れた。池田純一と山崎道夫が二人で408球を投げ、初戦だけで二日間27イニング。開幕戦の引き分け再試合は大会史上この一度だけである。

熊本代表の「勝った初戦」|1978年・熊本工大高8-4青森北

初出場校に残された九回表。
熊本工大高は2点差を追いつき、延長十回に4点を奪った。その甲子園初勝利は、試合が九回で終わらなかったからこそ生まれた。

熊本工大高対青森北|延長10回のイニングスコア

学校名 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 安打
熊本工大高 2 0 0 0 0 0 0 0 2 4 8 15
青森北 0 0 0 1 3 0 0 0 0 0 4 7
投手

熊本工大高:猪口
青森北:加藤 → 寺島

本塁打

熊本工大高:なし
青森北:なし

創部十二年、初めて開いた甲子園の扉

熊本工大高の硬式野球部が創部されたのは、1966年だった。

現在の文徳高校へつながる学校である。

創部から十二年。

1978年の熊本大会で、水産、玉名工、氷川、熊本工、第一工を破り、決勝では鎮西に4-1で勝った。

伝統校の多い熊本で、新しい学校が初めて代表の座をつかんだ。

この年は、夏の甲子園が現在へ続く49代表制となった最初の大会でもあった。

大会の形が新しくなった夏に、熊本からも新しい代表校がやってきた。

熊本工大高の初戦は、16年ぶり二度目の出場となる青森北との対戦だった。

一回に2点を先制、それから七イニングの沈黙

熊本工大高は、一回表に2点を先制した。

初出場校が、甲子園で最初に記録した得点だった。

マウンドの猪口も、青森北を三回まで無得点に抑えた。

だが四回裏、青森北が一点を返す。

五回には3点。

熊本工大高2-4青森北。

先制した二点は消え、試合は青森北へ傾いた。

しかも熊本工大高打線は、二回から八回まで得点できない。

スコアボードには、七つのゼロが続いた。

甲子園初出場の夏が、最初の二点だけを残して終わろうとしていた。

九回表、最後の攻撃で奪った二点

九回表。

熊本工大高に残された攻撃は、あと一度だった。

二点を取らなければ負ける。

一点だけでは、届かない。

熊本工大高は、その必要な二点を奪った。

4-4。

試合は振り出しへ戻った。

初出場校には、甲子園の九回がひどく短く感じられることがある。

雰囲気に慣れたころには、もう終盤。

けれども熊本工大高は、自分たちの手で初めての甲子園を延ばした。

九回で終わるはずだった夏に、もう一つのイニングを作った。

延長十回、初勝利を決めた4点

延長十回表。

追いついた熊本工大高の打線は、そこで止まらなかった。

この回、一挙4点。

8-4。

九回までの九イニングで4点だった得点を、一つのイニングで倍にした。

その裏、猪口が青森北を無得点に抑えた。

熊本工大高8-4青森北。

十五安打。
犠打4。
失策0。

ただ打っただけではない。

走者を進め、守りを崩さず、最後まで試合を手放さなかったことが、初勝利へつながった。

熊本工大高8-4青森北|詳細記録

学校名 打数 安打 打点 二塁打 三塁打 本塁打 三振 四死球 犠打 盗塁 失策 残塁
熊本工大高 41 15 8 2 1 0 5 2 4 2 0 9
青森北 36 7 4 3 0 0 9 3 0 1 1 5

※詳細記録は、朝日・日刊スポーツ大会アーカイブの提供画面をもとに転記。得点と打点は、失策、野選、暴投などによって一致しない場合がある。

村瀬メモ|初めての甲子園で、二度も九回を越えた

初出場校にとって、一勝はそれだけで大きい。熊本工大高は、その一勝を九回では手に入れられなかった。だから、自分たちで十回まで試合を延ばした。

そして次の静岡戦でも、九回では終わらなかった。今度は十三回まで進み、再び勝った。初めての甲子園なのに、このチームは最初の二試合だけで二十三イニングを戦っている。

甲子園に慣れる暇などなかったはずだ。それでも、甲子園の一試合がどこまで長くなり得るかだけは、誰よりも早く知った。熊本工大高の旋風とは、豪快な大量得点だけではない。終わるはずの時間を、自分たちの野球でもう少し先へ延ばし続けたことだった。

次の静岡戦も延長十三回

青森北との延長戦を制した熊本工大高は、二回戦で静岡と対戦した。

熊本工大高は一回に一点、五回にも一点を加え、2-0とリードした。

しかし静岡は八回に一点、九回にも一点を奪った。

今度は熊本工大高が、九回に追いつかれる側になった。

2-2。

十回、十一回、十二回も両校無得点。

十三回表、熊本工大高が3点を奪った。

その裏、静岡の反撃を一点に抑え、5-3。

初戦は、九回に追いついて延長十回で勝った。

二回戦は、九回に追いつかれながら延長十三回で勝った。

立場は正反対でも、試合の最後に立っていたのは、二度とも熊本工大高だった。

三試合32イニングを投げた猪口

二試合連続の延長戦で、マウンドを守り続けたのは猪口だった。

青森北戦、10イニング。

静岡戦、13イニング。

三回戦のPL学園戦、9イニング。

三試合、合計32イニングを一人で投げた。

三回戦の相手は、エース西田真二を擁するPL学園だった。

三回、西田に2点本塁打を浴びた。

失ったのは、その2点だけだった。

熊本工大高0-2PL学園。

敗れはしたが、後にこの大会を制するPL学園を相手に、猪口は試合を壊さなかった。

初出場校の旋風は16強で止まった。だが、二試合連続延長勝ちと、全国王者に2失点。熊本工大高という名は、初めての夏だけで甲子園史へ確かな跡を残した。

熊本代表の「負けた初戦」|1964年・八代東0-0掛川西/再試合2-6

最初の試合は敗戦ではない。延長18回0-0の引き分けだった。
翌朝の再試合で八代東は敗れた。初めての甲子園は、二日間、合計27イニングをかけて終わった。

八代東対掛川西|延長18回のイニングスコア

学校名 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 安打
八代東 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 13
掛川西 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 9
投手

八代東:池田
掛川西:山崎

本塁打

八代東:なし
掛川西:なし

選手宣誓の直後に始まった、初めての甲子園

1964年当時、夏の甲子園は現在のような一府県一代表ではなかった。

熊本代表と大分代表が中九州大会で争い、その勝者だけが甲子園へ進んだ。

八代東は、その中九州代表決定戦を勝ち抜き、春夏を通じて初出場を果たした。

主将の亀山謙吉は、全国30校の球児を代表して選手宣誓を行った。

午前9時30分からの開会式。

その直後、八代東は掛川西との開幕戦に入った。

観衆は七万人と記録されている。

宣誓を終えたばかりの初出場校が、満員の甲子園で大会最初の一球を受ける。

八代東には、甲子園の空気へ慣れるための時間などなかった。

池田純一と山崎道夫、ゼロを重ねた二人

八代東の先発は、右腕・池田純一。

掛川西は、二年生左腕の山崎道夫だった。

一回、両校無得点。

二回も0-0。

三回。
四回。
五回。

九回を終えても、スコアボードに数字は入らなかった。

八代東は十三安打。

掛川西も九安打を放った。

安打がなかったわけではない。

八代東は走者を十人、掛川西は十二人残している。

好機はあった。だが、池田と山崎が最後の一本だけを許さなかった。

十一回、ラッキーゾーンへ消えた勝ち越し打

延長十一回表。

八代東は二死一塁とした。

打球が右中間を破った。

一塁走者が一気に本塁へ還れば、八代東が先制する場面だった。

しかし打球はワンバウンドして、当時設置されていたラッキーゾーンへ入った。

判定はエンタイトル二塁打。

走者は三塁で止められた。

もし打球がフェンスへ当たり、グラウンドへ戻っていれば。

もし一塁走者がそのまま本塁へ走れていれば。

高校野球の歴史は、まったく違う形になっていたかもしれない。

二人で408球、それでも勝者は決まらなかった

十二回も0-0。

十三回。
十四回。
十五回。

スコアボードのゼロは、十八回まで続いた。

池田は187球。

山崎は221球。

二人で408球を投げた。

試合時間は3時間35分。

午前10時30分に始まった開幕戦が終わったとき、甲子園の大時計は午後2時5分を指していた。

それでも、勝者はいなかった。

大会規定により、試合は翌日に持ち越された。

八代東0-0掛川西|延長18回の詳細記録

学校名 打数 安打 打点 二塁打 三塁打 本塁打 三振 四死球 犠打 盗塁 失策 残塁
八代東 63 13 0 3 1 0 11 1 0 1 1 10
掛川西 60 9 0 1 0 0 9 5 1 1 1 12

※詳細記録は、朝日・日刊スポーツ大会アーカイブの提供画面をもとに転記。得点と打点は、失策、野選、暴投などによって一致しない場合がある。

村瀬メモ|一度終わった初戦を、翌朝もう一度始めた

十八回を戦っても、勝者は決まらなかった。選手たちは宿舎へ戻り、眠り、翌朝また同じ相手と一回表から試合を始めた。前日の三時間三十五分も、十八個のゼロも、新しいスコアボードの上ではすべて消されていた。

けれども、体から消えるはずはない。足の重さも、肩の張りも、あと一本を打てなかった記憶も、そのまま翌朝へ持っていったはずだ。

八代東の初めての甲子園は、一試合ではなかった。二日間、二十七イニングをかけて終わった、一つの長い夏だった。勝利は残らなかった。それでも、開幕戦の歴史を誰よりも長く戦った学校として、その名は消えない。

翌朝、すべてをゼロへ戻して再試合

8月10日。

試合終了から約十八時間後、八代東と掛川西は再び甲子園へ立った。

十八回裏の続きからではない。

もう一度、一回表からである。

八代東は初回、池田の本塁打を含む攻撃で2点を先制した。

前日の十八イニングで取れなかった点が、再試合では最初の攻撃で入った。

しかし、その裏に掛川西が3点を奪った。

八代東2-3掛川西。

前日に三十六イニング分並んだ両校のゼロは、再試合の最初の一回だけで五つの得点へ変わった。

掛川西対八代東|再試合のイニングスコア

学校名 1 2 3 4 5 6 7 8 9 安打
八代東 2 0 0 0 0 0 0 0 0 2 3
掛川西 3 0 0 0 2 0 1 0 × 6 10
投手

八代東:池田 → 沢村
掛川西:山崎

本塁打

八代東:池田
掛川西:なし

前日の十三安打が、再試合では三安打に

八代東は、初回の2点以降、得点できなかった。

前日は十八回で十三安打。

再試合では九回で三安打だった。

掛川西は五回に2点、七回にも一点を加えた。

八代東の池田は途中で沢村へマウンドを譲った。

掛川西の山崎は、前日の十八回に続き、再試合も一人で投げ切った。

八代東には五つの失策が記録されている。

それが前日の疲労によるものだったと、簡単に断定することはできない。

ただ、十八回を戦った翌朝に、体も気持ちも完全な状態へ戻っていたとは考えにくい。

掛川西6-2八代東。二日間にわたった開幕戦は、ようやく終わった。

掛川西6-2八代東|再試合の詳細記録

学校名 打数 安打 打点 二塁打 三塁打 本塁打 三振 四死球 犠打 盗塁 失策 残塁
八代東 30 3 2 1 0 1 3 2 0 0 5 3
掛川西 31 10 6 0 0 0 2 3 3 3 0 7

※詳細記録は、朝日・日刊スポーツ大会アーカイブの提供画面をもとに転記。得点と打点は、失策、野選、暴投などによって一致しない場合がある。

最初で最後の「開幕戦引き分け再試合」

夏の甲子園では、その後も引き分け再試合が生まれた。

1969年の決勝、三沢対松山商。

2006年の決勝、早稲田実対駒大苫小牧。

だが、開会式直後の第1試合が引き分けとなり、翌朝再試合になった例は、八代東対掛川西だけである。

現在はタイブレーク制度が導入され、同じ形の引き分け再試合は行われない。

つまり、この記録は更新されることがない。

八代東は、甲子園で勝てなかった。

しかし、大会史上ただ一度の開幕戦引き分け再試合を戦った学校として、永遠に記録へ残る。

敗戦は学校の夏を終わらせた。けれども、その二日間まで消すことはできなかった。

まとめ|九回の先に残された時間

1978年、熊本工大高は青森北に2点を先制した。

中盤に逆転され、九回表を2-4で迎えた。

あと三つのアウトを取られれば、初出場の夏は終わった。

熊本工大高は2点を奪って追いついた。

延長十回に4点を加え、甲子園初勝利を挙げた。

次の静岡戦も、九回では終わらなかった。

延長十三回で勝った。

初出場校は、二度続けて九回の向こう側から勝利を持ち帰った。

1964年、八代東は掛川西との開幕戦を戦った。

九回を終えて0-0。

十二回でも、十五回でも決まらない。

十八回を終えても0-0だった。

翌朝、もう一度一回表から始めた。

八代東は初回に2点を先制したが、掛川西に逆転されて敗れた。

勝った熊本工大高と、敗れた八代東。

結果は正反対である。

けれども、どちらの学校も、決められた九回だけでは自分たちの夏を終わらせなかった。

高校野球では、得点と勝敗がすべてのように見える。

だが、同じ一試合でも、その中に流れた時間は同じではない。

九回で終わる夏がある。

十回で勝ち取る夏がある。

十八回を戦っても終われず、翌朝まで続く夏がある。

熊本工大高は、九回で終わらなかったから勝てた。
八代東は、十八回を戦っても勝者になれなかった。

それでも両校は、白球が許した最後の時間まで戦い続けた。

熊本の初戦史に残っているのは、勝利と敗戦だけではない。
九回の向こう側に広がっていた、長い長い甲子園の時間である。

熊本の甲子園初戦史|よくある質問

Q1.熊本工大高は、青森北戦でどのように逆転勝ちした?
A.熊本工大高は一回に2点を先制したが、五回までに2-4と逆転された。九回表に2点を奪って同点とし、延長十回に一挙4点を加え、8-4で勝利した。
Q2.1978年の熊本工大高は、甲子園初出場だった?
A.春夏を通じて初出場だった。青森北を延長10回、静岡を延長13回で破り、3回戦では優勝するPL学園に0-2で敗れた。現在の校名は文徳高校である。
Q3.猪口投手は、1978年の甲子園で何イニングを投げた?
A.青森北戦10回、静岡戦13回、PL学園戦9回の合計32イニングを一人で投げた。初戦から二試合連続の延長戦を完投している。
Q4.八代東対掛川西は、八代東の0-0敗戦なのか?
A.最初の試合は延長18回0-0の引き分けであり、敗戦ではない。翌朝に一回から再試合を行い、八代東が2-6で敗れたため、二試合を合わせて初戦敗退となった。
Q5.延長18回で、両投手は何球を投げた?
A.八代東の池田純一が187球、掛川西の山崎道夫が221球を投げた。二人の合計は408球で、試合時間は3時間35分だった。
Q6.開幕戦が引き分け再試合になった例は、ほかにもある?
A.夏の甲子園の開幕戦では、1964年の八代東対掛川西だけである。現在はタイブレーク制度が導入されており、同じ形の引き分け再試合は行われない。

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使用した主な情報ソース

朝日・日刊スポーツ高校野球大会アーカイブ|熊本工大対青森北

https://smart.asahi.com/v/koshien/game/1978/400/7287/index.php

延長10回のイニングスコア、熊本工大高・猪口、青森北・加藤から寺島への継投など、試合の基本記録確認に使用。

朝日・日刊スポーツ高校野球大会アーカイブ|熊本工大対静岡

https://smart.asahi.com/v/koshien/game/1978/400/7305/index.php

二回戦の延長13回、九回の同点、十三回の両校の得点および猪口、太田の投手記録確認に使用。

朝日・日刊スポーツ高校野球大会アーカイブ|PL学園対熊本工大

https://smart.asahi.com/v/koshien/game/1978/400/7309/index.php

三回戦の0-2、猪口と西田の投げ合い、西田の本塁打記録確認に使用。

朝日・日刊スポーツ高校野球大会アーカイブ|1978年第60回全国高校野球選手権大会

https://smart.asahi.com/v/koshien/stats/summer/y1978.php

熊本工大高の3試合、PL学園の全国優勝および大会全体の勝ち上がり確認に使用。

文徳高校|文徳(旧熊本工大)高等学校 硬式野球部略史

https://www.buntoku-h.ed.jp/h/clubblog/h-baseball/2018/05/24/

1966年の野球部創部、1978年熊本大会の勝ち上がり、甲子園初出場と3回戦進出、現在の文徳高校へつながる学校史の確認に使用。

日本高等学校野球連盟|第56回~第60回大会・出場校一覧

https://www.jhbf.or.jp/sensyuken/outing/56-60.html

1978年第60回大会の49代表校と、熊本工大高の初出場確認に使用。

朝日・日刊スポーツ高校野球大会アーカイブ|八代東対掛川西

https://smart.asahi.com/v/koshien/game/1964/400/6798/index.php

1964年開幕戦の延長18回0-0、全イニングスコア、八代東・池田、掛川西・山崎の投手記録確認に使用。

朝日・日刊スポーツ高校野球大会アーカイブ|掛川西対八代東・再試合

https://smart.asahi.com/v/koshien/game/1964/400/6801/index.php

再試合の6-2、八代東の初回2得点、池田から沢村への継投、池田の本塁打記録確認に使用。

朝日・日刊スポーツ高校野球大会アーカイブ|1964年第46回全国高校野球選手権大会

https://smart.asahi.com/v/koshien/stats/summer/y1964.php

引き分け試合と再試合がともに1回戦として記録されていること、大会全体の組み合わせ確認に使用。

静岡放送・TBS NEWS DIG|開幕戦延長18回引き分け再試合「掛川西」と「八代東」

https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/1341123?page=2

1964年8月9日の開幕戦、観衆7万人、池田187球と山崎221球、試合時間3時間35分、延長11回のエンタイトル二塁打、翌朝の再試合および開幕戦では唯一の引き分け再試合であることを参照。

高校野球大会資料|第46回全国高等学校野球選手権大会

https://hsbb.jp/senshuken/y1964/

大会日程、30校参加、八代東・亀山謙吉主将の選手宣誓、延長18回と再試合の大会記録照合に使用。

記事についての注意書き

本記事は、公開されている大会記録、学校公式資料、新聞・放送報道および朝日・日刊スポーツ大会アーカイブの記録画面を照合し、筆者の記憶と考察を加えて再構成した。試合の空気、選手の心情、歴史的位置づけには筆者独自の解釈を含む。1964年の最初の八代東対掛川西戦は延長18回引き分けであり、八代東の敗戦は翌日の再試合である。選手名、学校名、記録は当時の表記を基本とした。

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