名勝負・伝説の試合

名勝負・伝説の試合

佐賀県代表は、なぜ甲子園で“物語”を起こし続けるのか ――初出場1922年から、佐賀商1994・佐賀北2007まで

導入文|白球が佐賀に辿り着くまで甲子園のスタンドで、「佐賀代表」というアナウンスを初めて聞いたとき。正直に言えば、僕の胸はざわついた。大阪や兵庫、東京といった“常連”の名前が並ぶ中で、どこか静かに、しかし確かに呼ばれるその二文字――佐賀。派...
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白球は越中の空を越えた|富山県の甲子園代表校“歴代記録”と常連校(高岡商・富山商)の系譜

勝者だけが歴史に残るのなら、富山の名は甲子園の記憶から消えていたはずだ。 けれど――消えなかった。延長十八回を戦い抜いた夏。雨に濡れながらの投手戦や四点差を一気にひっくり返した春。九回裏、逆転サヨナラ弾に沈みながらも拍手が止まらなかったあの...
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甲子園に、なぜ石川の優勝旗はないのか――延長18回と敬遠5つが刻んだ県代表の物語

甲子園に、石川県の優勝旗はまだ立ったことがない。それでも――いや、それだからこそだろうか。石川の代表校が甲子園に現れるたび、僕たちはいつも「結果」ではなく「記憶」を手渡されてきた。延長十八回。五打席連続敬遠。九回八点差の大逆転。サヨナラ、ま...
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甲子園と栃木県代表――なぜ、あの夏の白球は今も語られるのか|作新学院と名勝負の記憶

甲子園のアルプス席には、独特の匂いがある。 土と汗、そしてほんの少しの緊張。僕が初めてそれを強く意識したのは、 「栃木県代表」という四文字が全国放送で呼ばれた瞬間だった。 勝っても、負けても――栃木の学校が甲子園に立つということは、 ただの...
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甲子園と秋田高校野球の100年史|準優勝のDNAは、金足農でどこへ辿り着いたのか甲子園と秋田高校野球の100年史|準優勝のDNAは、金足農でどこへ辿り着いたのか

夏の甲子園で、ふとアルプスに涼しい風が吹く瞬間がある。灼熱のグラウンドとは裏腹に、どこか“北国の匂い”を運んでくる風だ。その風を、僕はいつも秋田代表に重ねてきた。冬を知り、耐えることを知り、静かに闘志を燃やしてきた県。勝った試合よりも、惜し...
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静岡県の甲子園出場校・完全史 ――延長19回、逆転の浜商…なぜ静岡は“物語の県”なのか

導入文|「静岡代表」という名が持つ、時間の重み甲子園の大会記録を、静かに一枚ずつめくっていく。そこに何度も現れる「静岡代表」という文字は、決して軽くない。それは勝敗の記録ではなく、時代そのものだ。大正の土埃にまみれた延長戦。昭和の新聞が踊ら...
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勝てなかった県に、勝ち方を教えた男がいた――取手二高と木内マジック、1984年の真実

強い県ではなかった。だが1984年の夏、茨城は「勝ち方」を知ってしまった。「甲子園 茨城」と検索する人の多くは、きっと答えを二つ求めている。ひとつは、茨城 県 甲子園 出場 校の“事実”。もうひとつは、なぜ茨城は長く「あと一歩」を繰り返した...
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甲子園を揺らした北北海道──帯広三条・旭川龍谷・旭川大・旭川実・クラーク国際“奇跡の系譜”

あの蒸し暑い夏の甲子園。内野席に吹いてくる風の匂いが、どういうわけか僕には北の大地の空気とつながって感じられることがある。宗谷の海を渡る透明な風、旭川の街を染める白い光、名寄や北見の球場で汗をにじませる球児たち──すべてが、あの黒土の上に続...
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鹿児島の白球が走った日──樟南の涙、鹿実の夜空、神村の祈り。 三つの伝説は、今も僕らの胸で燃えている。

灼熱の夏。桜島の向こうから吹いてくる湿った風が、平和リース球場のスタンドをそっと揺らしていた。僕が初めて鹿児島の名門たちを目にしたのは、まだ昭和の匂いを色濃く残したあの時代だ。マウンドに立てば球場の空気がひとつ締まる樟南。内野ノックだけで観...
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桜美林のYes Yes Yes から斎藤佑樹のガッツポーズへ──西東京が作った甲子園の物語100年史

夕暮れの神宮を歩くと、胸の奥のどこかがふっと熱くなる。昭和の湿った匂い、金属バットの澄んだ響き、砂煙を上げるスパイクの音。西東京という土地は、ただの“激戦区”ではない。汗と涙に神宮の風が混じり、技術に物語が寄り添う──そんな唯一無二の場所だ...