岩手の甲子園初戦クロニクル|花巻東が春準Vを「本物の強さ」に変えた夏、大船渡は重圧に沈んだ

東北

初戦・故郷の白球史|49代表地区に残る、勝った夏と負けた夏
岩手の甲子園初戦クロニクル|春に全国を驚かせた二つのチーム、その夏は正反対だった

岩手には、春の甲子園で全国を驚かせた二つのチームがある。

1984年の大船渡。

そして2009年の花巻東。

どちらも春には、ここまで来るとは思われていなかった。

大船渡は初出場のセンバツでベスト4。

花巻東は、岩手県勢として初めてセンバツ決勝まで進み、清峰に0-1で敗れて準優勝。

春が終わった時、どちらももう「伏兵」ではなかった。

夏は、全国から見られる側になった。

ここが高校野球の難しいところだと思う。

春に勝つまでは「やってやろう」でいい。

でも、春に勝ってしまうと、夏は「勝たなければ」に変わる。

1984年の大船渡は、その重さにのみ込まれた。

2009年の花巻東は、逆だった。

僕は春の準優勝を見ても、どこかでまだ半信半疑だった。

菊池雄星というとんでもない左腕がいる。

でも岩手の学校が、夏も全国の強豪を何校も倒して最後まで残る――。

当時の僕には、そこまでの景色はまだ見えていなかった。

ところが初戦で菊池が3本塁打を浴び、5点を取られても、花巻東は勝った。

あの8-5を見た時、僕は初めて思った。

「あ、このチーム、本当に強いんだ」

今回の岩手編は、春の快進撃を夏へつなげられなかった大船渡と、春以上のたくましさを夏に見せた花巻東。

25年を隔てた二つの初戦を並べてみたい。

この記事の30秒要約

勝った初戦は2009年の花巻東8-5長崎日大。春のセンバツ準優勝で全国区になった花巻東は、長崎日大に8回まで何度も先行を許し、菊池雄星も3本塁打を浴びて5失点。それでも8回裏、佐々木大樹の走者一掃3点二塁打などで4点を奪って逆転した。その後も横浜隼人、東北、明豊を破り、岩手県勢90年ぶりの夏ベスト4へ進んだ。

負けた初戦は1984年の大船渡3-4長浜。春のセンバツで多々良学園、日大三島、明徳を破り、岩手県勢初の4強へ進出した大船渡だったが、地元の大きな期待を背負った夏は初戦敗退。15安打を放ちながら3得点、残塁13。春には挑戦者だったチームが、夏には「負けられない」立場になった、その難しさが残る一戦だった。

岩手代表の「勝った初戦」|2009年・花巻東8-5長崎日大

センバツ準優勝。菊池雄星。全国の注目。
それでも初戦は楽ではなかった。菊池が3被弾、5失点。それでも花巻東は8回に試合をひっくり返した。春とは違う強さが、そこにあった。

花巻東対長崎日大|イニングスコア

学校名 1 2 3 4 5 6 7 8 9 計 安打
長崎日大 0 1 0 0 0 2 1 1 0 5 9
花巻東 0 0 0 0 0 2 2 4 x 8 10
投手

長崎日大:大瀬良 → 寺尾 → 大瀬良
花巻東:菊池雄

本塁打

長崎日大:本多晃、山田、小柳
花巻東:なし

春、花巻東は岩手の歴史を変えていた

2009年春。

花巻東はセンバツで勝ち上がった。

鵡川に5-0。

明豊に4-0。

南陽工に5-3。

準決勝は利府に5-2。

岩手県勢として初めて、センバツ決勝まで進んだ。

決勝は清峰。

今村猛と菊池雄星。

高校球界を代表する右腕と左腕の投げ合いになった。

0-1。

準優勝。

それでも花巻東と菊池の名前は、一気に全国へ広がった。

ただ僕には、まだ一つだけ引っかかるものがあった。

春の快進撃は本物なのか。

夏にもう一度、全国の強豪を相手に勝ち続けられるのか。

今なら少し失礼な見方だったと思う。

でも、岩手の高校が春の決勝まで行くこと自体が、当時はそれほど新しい景色だった。

初戦の相手は、「春の王者」を倒してきた長崎日大

その夏、花巻東の初戦相手は長崎日大だった。

ここがまた、出来すぎたような組み合わせだった。

センバツ決勝で花巻東を破った清峰は、長崎大会の準々決勝で長崎日大に1-3で敗れている。

つまり花巻東の夏は、

「春の王者を倒してきた長崎代表」

との初戦から始まった。

しかも長崎日大のエースは大瀬良大地。

のちにプロでも長く投げる右腕である。

簡単な初戦ではなかった。

菊池が3本塁打を浴びた

二回、長崎日大が先制する。

山田が本塁打。

0-1。

六回には本多晃の一発などで2点。

七回にも1点。

八回、小柳にも本塁打。

菊池雄星が、一試合で3本の本塁打を浴びた。

本人にとっても、それまで経験のなかったことだったという。

八回表が終わって、

花巻東4-5長崎日大。

全国が注目した左腕が打たれた。

春準優勝校が、初戦で消える。

そういう空気が、少しずつ濃くなっていた。

八回裏、佐々木大樹。走者一掃

八回裏。

花巻東が無死満塁をつくる。

打席には2年生・佐々木大樹。

打球は外野へ抜けた。

走者一掃の3点二塁打。

4-5が、7-5。

さらに1点。

8-5。

最後は菊池が九回をゼロで締めた。

春の花巻東なら、「菊池が抑えて勝った」と言えば説明できた試合も多かった。

でも、この日は違う。

菊池が5点取られた。
それでも打線が8点取った。

僕には、この一試合が花巻東の評価をもう一段変えたように思える。

花巻東8-5長崎日大|詳細記録

学校名 打数 安打 打点 二塁打 三塁打 本塁打 三振 四死球 犠打 盗塁 失策 残塁
長崎日大 33 9 5 1 0 3 5 2 3 0 2 6
花巻東 30 10 7 2 0 0 4 2 5 2 0 5

※詳細記録は、朝日・日刊スポーツ大会アーカイブの提供画面をもとに転記。得点と打点は、失策、野選などによって一致しない場合がある。

村瀬メモ|菊池が5点取られても勝った。その時、花巻東の強さが分かった

2009年春の花巻東を語れば、どうしても菊池雄星になる。

それは当然だと思う。
あの球速、あのスライダー、あのマウンドでの存在感。
岩手から、こんな左腕が出てきたのかと驚いた。

でも僕にとって「花巻東は本当に強い」と感じた試合は、むしろ菊池が一番苦しんだ長崎日大戦だった。

3本塁打。
9安打。
5失点。

それでも勝った。

春は、菊池が相手を抑え込んで勝つ姿が強烈だった。
夏は、菊池が打たれても仲間が取り返した。

この違いは大きい。

エースが完璧でなくても勝てる。
悪い流れでも最後にひっくり返せる。

それは「いい投手がいるチーム」ではなく、強いチームの勝ち方だった。

僕の中で、花巻東の見え方が変わったのは、この8-5だった。

その後も勝った。横浜隼人、東北、明豊

長崎日大戦の逆転勝ちは、勢いだけではなかった。

2回戦、横浜隼人。4-1。

3回戦は東北。これも4-1。

この勝利で、岩手県勢として夏の甲子園史上初の3勝。そして県勢41年ぶりのベスト8へ進んだ。

準々決勝は明豊。

九回表、4-6から追いつき、延長10回に勝ち越して7-6。

岩手県勢、90年ぶりの夏ベスト4。

春準優勝は、もう「春だけの快進撃」ではなかった。
夏の花巻東は、春以上にしぶとく、たくましかった。

岩手代表の「負けた初戦」|1984年・大船渡3-4長浜

春のセンバツ4強。エース金野、強打の鈴木。町を挙げて期待された大船渡。
夏は15安打を放ちながら3点。初出場の長浜に3-4で敗れた。「負けてたまるか」が、「負けられない」に変わっていた。

長浜対大船渡|イニングスコア

学校名 1 2 3 4 5 6 7 8 9 計 安打
大船渡 0 0 0 0 2 0 0 1 0 3 15
長浜 0 0 0 1 0 3 0 0 x 4 5
投手

大船渡:金野
長浜:西田

本塁打

大船渡:なし
長浜:なし

春はC評価。それが大船渡にはちょうどよかった

1984年春。大船渡はセンバツ初出場だった。

戦前の評価は高くなかった。後年、主将だった吉田亨は、新聞の戦力分析でC評価だったことが逆に発奮材料になったと振り返っている。

「やってやるぞ」。

港町の球児たちには、その立場が似合っていたのかもしれない。

初戦、多々良学園に4-0。

2回戦、日大三島に8-1。

準々決勝は明徳。1-0。

エース左腕・金野正志が、強豪を封じた。

準決勝は岩倉。1-1の九回裏、サヨナラで1-2。

その岩倉は決勝でPL学園を1-0で破って優勝した。

つまり大船渡は、全国優勝校に最後まで食らいついた春4強だった。

岩手県勢として初めてのセンバツ4強。

町は沸いた。

春の「負けてたまるか」が、夏には「負けられない」に変わった

大船渡へ帰ると、駅には人があふれた。

町を走れば声をかけられる。時にはサインまで求められる。

高校生が、半年もたたないうちに「町のヒーロー」になった。

吉田は後年、その変化を実に短い言葉で表している。

春の「負けてたまるか」が、夏には「負けられない」へ変わった。

たった一文字しか違わない。

でも、意味は正反対に近い。

前者は挑戦者の言葉。

後者は期待を背負った者の言葉である。

15安打。相手は5安打。それでも3-4

夏の初戦。相手は滋賀の長浜。

長浜も夏の甲子園初出場だった。

四回、長浜が1点を先制。

五回、大船渡が2点。2-1。

春4強の大船渡が、ようやく前へ出た。

ところが六回、長浜が3点。2-4。

八回、大船渡が1点を返す。3-4。

しかし、そこまでだった。

スコアだけなら、一点差の惜敗。

でも記録を見ると、もっと不思議な試合に見える。

大船渡、15安打。

長浜、5安打。

安打数は3倍。

それでも得点は、大船渡3、長浜4。

大船渡の残塁は13。

打てなかったわけではない。走者は出した。盗塁も4つ決めた。

でも、最後の一本が出なかった。

春には面白いようにつながった「火の玉野球」が、夏はあと一本を欠いた。

長浜4-3大船渡|詳細記録

学校名 打数 安打 打点 二塁打 三塁打 本塁打 三振 四死球 犠打 盗塁 失策 残塁
大船渡 37 15 3 0 0 0 2 4 2 4 1 13
長浜 25 5 4 0 0 0 3 4 4 0 0 5

※詳細記録は、朝日・日刊スポーツ大会アーカイブの提供画面をもとに転記。得点と打点は、失策、野選などによって一致しない場合がある。

村瀬メモ|「負けてたまるか」が、「負けられない」に変わった夏

この大船渡の話を調べ直して、いちばん胸に残ったのはスコアではなかった。

主将・吉田亨が後年語った、春と夏の心境の違いだった。

春はC評価。
誰も大船渡が4強まで行くとは思っていない。

だから「やってやる」でよかった。
失うものはない。
強豪を一つ倒すたびに、チームは軽くなっていったのだと思う。

でも夏は違った。

町のみんなが期待している。
春4強のチームが、まさか初戦では負けないだろう。
今度こそ大旗を。

高校生にとって、その期待はうれしかったはずだ。
同時に、とても重かったはずだ。

「負けてたまるか」と「負けられない」。

同じように聞こえる二つの言葉が、これほど違う。

大船渡の1984年は、高校野球で一度勝ったチームが、次に直面する難しさまで教えてくれる。

大船渡の敗戦は、岩手県勢「初戦9連敗」の途中にあった

大船渡の敗戦は、学校だけの出来事でもなかった。

この頃の岩手県勢は、夏の甲子園初戦で長いトンネルに入っていた。

1978年から1986年まで、9年連続で初戦敗退。

大船渡の1984年は、その7年目だった。

春に県勢初の4強まで行ったチームでも、夏の初戦を突破できない。

その事実が、当時の岩手にとってどれほど重かったか。

連敗が止まるのは1987年。

一関商工が宇和島東を3-0で破った。

そこからさらに20年以上。
2009年、花巻東は夏に4つ勝った。

岩手高校野球の景色は、確実に変わっていった。

1984年と2009年|同じ「春の快進撃」でも、夏は正反対だった

二つのチームを並べると、不思議なくらい似ている。

1984年大船渡。初出場のセンバツで4強。左腕エース・金野。町を挙げた期待。

2009年花巻東。センバツ準優勝。左腕エース・菊池。全国からの注目。

春が終わった時には、どちらもヒーローだった。

でも夏。

大船渡は、期待を背負って初戦で敗れた。

花巻東は、期待を背負ったまま勝ち続けた。

何が違ったのか。

もちろん、25年離れた別のチームを簡単に比較することはできない。環境も違う。野球も違う。

でも結果だけを見れば、一つだけ言える。

2009年の花巻東は、エースが完璧でない日にも勝てた。

そこに、春の快進撃を「夏の強さ」へ変えた秘密の一端があったように、僕には思える。

村瀬メモ|大船渡が開けた扉を、花巻東が押し広げた

岩手の高校野球を「菊池雄星から強くなった」とだけ見るのは、少し違うと思う。

1984年、大船渡がセンバツ4強へ行った。
1987年、一関商工が夏の初戦連敗を止めた。
その後も岩手の学校は、少しずつ全国との距離を縮めていった。

そして2009年、花巻東が春準優勝、夏4強。

それまで点だったものが、一本の線になったように見えた。

さらに後には、大谷翔平の世代が続く。
花巻東だけでなく、岩手から全国区の選手が出ること自体が珍しくなくなっていく。

大船渡の1984年は、夏だけ見れば初戦敗退だ。
でも春4強という事実は、岩手の高校にも全国の上位へ行けることを早い時代に示した。

その25年後。
花巻東は、春だけでは終わらなかった。

大船渡が開けた扉を、花巻東がさらに大きく押し広げた。
僕には、この二つのチームがそんなふうにつながって見える。

まとめ|期待を背負って、もう一度勝つ難しさ

1984年の大船渡は、春の甲子園で県勢初の4強まで進んだ。

夏は、誰もがもう一度を期待した。

15安打。それでも3-4。長浜に初戦で敗れた。

2009年の花巻東は、春準優勝。

夏は、全国の注目を一身に集めた。

初戦で菊池が3本塁打を浴びた。それでも8-5で勝った。

そして夏4強。

春に勝つことは難しい。

でも、春に勝ったあと、期待される立場でもう一度勝つことは、たぶんもっと難しい。

大船渡と花巻東。

岩手の二つの初戦を並べると、高校野球の「次の夏」の難しさまで見えてくる。

そして2009年の花巻東は、その難しさを越えた。

僕にとって、あの長崎日大戦は、岩手の学校を見る目が変わった一試合だった。

岩手の甲子園初戦史|よくある質問

Q1.2009年の花巻東は春と夏でどこまで進んだ?
A.春のセンバツは決勝まで進み、清峰に0-1で敗れて準優勝。夏は長崎日大、横浜隼人、東北、明豊を破ってベスト4へ進み、準決勝で中京大中京に敗れました。
Q2.花巻東対長崎日大で菊池雄星は何本の本塁打を打たれた?
A.3本です。長崎日大の山田、本多晃、小柳に本塁打を浴び、9安打5失点。それでも花巻東が8回裏に4点を奪って逆転し、菊池は完投勝利を挙げました。
Q3.1984年春の大船渡はどこまで勝ち進んだ?
A.センバツ初出場で、多々良学園を4-0、日大三島を8-1、明徳を1-0で破ってベスト4へ進みました。準決勝では、その大会で優勝する岩倉に1-2のサヨナラ負けでした。岩手県勢初のセンバツ4強です。
Q4.大船渡は夏の長浜戦で本当に15安打して負けた?
A.はい。大船渡は15安打、4盗塁を記録しましたが3得点で、残塁は13。長浜は5安打ながら4得点を挙げ、4-3で勝ちました。
Q5.岩手県勢の夏の初戦連敗はいつ止まった?
A.1978年から続いた初戦敗退は1986年まで9年連続となり、1987年に一関商工が宇和島東を3-0で破って止まりました。1984年の大船渡は、その連敗の7年目にあたります。

関連記事

使用した主な情報ソース

朝日・日刊スポーツ高校野球大会アーカイブ|2009年・花巻東対長崎日大

https://smart.asahi.com/v/koshien/game/2009/400/32733/index.php

花巻東8-5長崎日大のイニングスコア、投手、長崎日大の3本塁打など基本記録の確認に使用。

朝日・日刊スポーツ高校野球大会アーカイブ|2009年第91回全国高校野球選手権大会

https://smart.asahi.com/v/koshien/stats/summer/y2009.php

花巻東8-5長崎日大、4-1横浜隼人、4-1東北、7-6明豊など、夏ベスト4までの勝ち上がりを確認。

日刊スポーツ|菊池雄星3発被弾も逆転勝ち

https://www.nikkansports.com/baseball/highschool/sensyuken/2009/news/f-bb-tp3-20090812-530227.html

菊池雄星が3本塁打を浴び5失点したこと、8回に佐々木大樹の走者一掃3点二塁打などで逆転した試合経過を参照。

日刊スポーツ|花巻東・佐々木が逆転二塁打

https://www.nikkansports.com/baseball/highschool/sensyuken/2009/news/p-bb-tp3-20090813-530544.html

長崎日大がセンバツ優勝の清峰を長崎大会で破って甲子園へ来たこと、花巻東にとって花巻商時代以来45年ぶりの夏1勝だったことなどを参照。

日刊スポーツ|花巻東が岩手県勢初の夏3勝

https://www.nikkansports.com/baseball/highschool/sensyuken/2009/news/p-bb-tp3-20090821-533515.html

東北戦の勝利が岩手県勢史上初の夏甲子園3勝、41年ぶりのベスト8だったことを確認。

日刊スポーツ|花巻東、準Vだって超エラい/センバツ

https://www.nikkansports.com/baseball/highschool/senbatsu/2009/news/p-bb-tp3-20090403-478378.html

2009年春、花巻東が岩手県勢初のセンバツ決勝へ進み、清峰に0-1で敗れて準優勝したことを確認。

日刊スポーツ|低評価の春4強 期待背負った夏は負けられない重圧

https://www.nikkansports.com/baseball/column/tohoku-koshien100/news/1496473.html

1984年大船渡のセンバツ4強、エース金野、4番鈴木、C評価を発奮材料にした経緯、春から夏にかけて地元の期待が重圧へ変わったという主将・吉田亨の回想を参照。

朝日・日刊スポーツ高校野球大会アーカイブ|1984年第56回選抜高校野球大会

https://smart.asahi.com/v/koshien/stats/spring/y1984.php

大船渡4-0多々良学園、8-1日大三島、1-0明徳、1-2岩倉のセンバツ4強までの勝ち上がりを確認。

朝日・日刊スポーツ高校野球大会アーカイブ|1984年第66回全国高校野球選手権大会

https://smart.asahi.com/v/koshien/stats/summer/y1984.php

長浜4-3大船渡を含む1984年夏の大会結果を確認。

都道府県別甲子園成績|岩手

https://koshien.otodo.net/archive/iwate.html

1978年から1986年までの岩手県勢の初戦敗退と、1987年一関商工3-0宇和島東で連敗が止まった流れの確認に使用。

本記事は、公開されている大会記録、報道記事、高校野球関連資料および朝日・日刊スポーツ大会アーカイブの記録画面を照合し、筆者の記憶と考察を加えて再構成した。試合の評価や歴史的位置づけには筆者独自の解釈を含む。選手名、学校名、記録は当時の表記を基本とした。
タイトルとURLをコピーしました