岡山の甲子園初戦クロニクル|関西が春準Vを破った12回と、平松の春夏連覇を雨が消した夏

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初戦・故郷の白球史|49代表地区に残る、勝った夏と負けた夏
岡山の甲子園初戦クロニクル|関西が春準Vを破った12回と、平松の春夏連覇を雨が消した夏

岡山の高校野球史を眺めていると、一つの学校だけでは語れない県だと改めて思う。

岡山東商。

倉敷工、倉敷商。

関西。

岡山理大付。

そして、さらに新しい時代の学校たち。

甲子園へ出てくる学校の顔ぶれが少しずつ変わりながら、岡山の野球は続いてきた。

そんな岡山の「初戦」を二つ選ぶなら、僕はずいぶん離れた二つの時代を並べてみたい。

一つは2011年。

関西高校が、春のセンバツ準優勝校・九州国際大付を延長十二回で破った試合。

もう一つは1965年。

春の全国王者・岡山東商。

平松政次を擁し、春夏連覇を期待されたチームは、夏の初戦でも3-1とリードしていた。

ところが、その試合そのものが雨で消えた。

そして、もう一度始まった試合で敗れた。

村瀬メモ|岡山の初戦を追うと、「県の主役」が移っていく

1965年の岡山東商。

1970年代にも甲子園で勝ち続けた岡山東商。

そして平成に入ると、関西や岡山理大付など別の学校が全国の上位へ顔を出すようになる。

こうして初戦だけを拾っているのに、不思議と県全体の時間が見えてくる。

強豪県の歴史というのは、一校がずっと勝つことだけではない。

誰かが残したものを、別の学校が違う形で受け取っていく。

岡山は、そんな県なのかもしれない。

岡山代表の「勝った初戦」|2011年・関西3-2九州国際大付

大会表記は2回戦だが、関西にとってはこの夏の初戦。
相手は同年春のセンバツ準優勝・九州国際大付。
延長12回、4番・渡辺のこの日3打点目となる内野安打でサヨナラ勝ち。ここから関西は、夏の甲子園では学校史上初となるベスト4まで進んだ。

関西対九州国際大付|延長12回のイニングスコア

学校名 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
九州国際大付 0 0 0 1 0 0 0 0 1 0 0 0 2
関西 0 0 0 1 0 0 0 1 0 0 0 1x 3
投手

九州国際大付:三好 → 大江
関西:水原

本塁打

九州国際大付:なし
関西:渡辺

春の準優勝校が、いきなり待っていた

2011年8月11日。

関西高校の夏は、かなり厳しい相手から始まった。

九州国際大付。

その春のセンバツでは決勝まで進み、東海大相模に敗れて準優勝。

夏も当然、全国の上位候補の一つだった。

しかも関西自身、その春は甲子園で東海大相模に敗れている。

春の王者に敗れたチームが、夏の最初に春の準優勝校と当たる。なかなか容赦のない組み合わせだった。

水原と三好。試合は動かない

関西の先発は水原浩登。

九州国際大付は三好。

三回まで0-0。

四回、九州国際大付が1点を先制する。

しかしその裏。

関西の4番・渡辺が本塁打。

1-1。

春の準優勝校を相手にしても、関西はまったく引かなかった。

八回に勝ち越し。しかし九回、九国が追いつく

八回裏。

また渡辺だった。

適時打で2-1。

あと一回。

だが、九州国際大付は簡単には終わらない。

九回表、龍の適時二塁打で2-2。

春の準優勝校の意地だった。

十二回。また渡辺だった

十回、十一回。

互いに譲らない。

そして十二回裏。

関西は一死一、三塁。

打席には渡辺。

二塁への内野安打。

三塁走者が生還した。

3x-2。

渡辺は本塁打、勝ち越し打、そしてサヨナラ打。この試合の3点すべてに自らの打点を刻んだ。

関西3-2九州国際大付|詳細記録

学校名 打数 安打 打点 二塁打 三塁打 本塁打 三振 四死球 犠打 盗塁 失策 残塁
九州国際大付 35 5 2 3 0 0 7 6 2 0 3 5
関西 41 9 3 1 0 1 8 5 3 0 0 12
村瀬メモ|ベスト4は、「一回戦から強かったチーム」の物語とは限らない

後から大会記録を見れば、2011年の関西には「ベスト4」と書いてある。

だから僕らは、そのチームを最初から「四強の実力校」として見てしまう。

でも実際の夏は、そんなふうには始まっていない。

最初の試合で春の準優勝校と当たった。

八回に勝ち越した。
九回に追いつかれた。
十一回まで決まらなかった。

十二回。

たった1点で、ようやく次へ行けた。

そこから明豊に7-1。
如水館に8-3。

関西は、夏の甲子園では初めてベスト4へ入った。

甲子園の快進撃というものは、最初から快進撃に見えるわけではない。

最初の一つを、どうにか拾う。

歴史になる夏は、案外そんなところから始まる。

そのまま、学校史上初の「夏4強」へ

九州国際大付を破った関西は、3回戦で明豊に7-1。

準々決勝では如水館に8-3。

夏の甲子園では、学校史上初めてベスト4へ進んだ。

準決勝の相手は日大三。

この年、圧倒的な打力で全国の頂点まで駆け上がるチームだった。

4-14。

関西の夏はそこで終わった。それでも、初戦の十二回から始まった夏は、学校の夏最高成績として残った。

岡山代表の「負けた初戦」|1965年・岡山東商0-4日大二

春のセンバツで岡山県勢初の全国制覇。
エースは平松政次。
春夏連覇を狙った夏の初戦では日大二を3-1とリードしたが、降雨ノーゲーム。すべてが消えた。
そして仕切り直しでは0-4。甲子園には、「負けた試合の前に、消えてしまった試合」がある。

まず春――平松政次が岡山へ初めて全国優勝を持ち帰った

1965年春。

岡山東商はセンバツを制した。

エースは平松政次。

コザに7-0。

明治に1-0。

静岡に3-0。

徳島商に1-0。

そして決勝は、市和歌山商。

延長十三回、2-1。

平松の連続無失点は39イニングまで伸びた。

岡山県勢にとって、春夏を通じて初めての全国制覇だった。

そして夏――春夏連覇への最初の試合

その平松が、夏も甲子園へ戻ってきた。

当然、注目は春夏連覇だった。

ただし、何もかもが春と同じ状態だったわけではない。

当時の大会アーカイブの短評には、平松が岡山大会の後半に右肩を痛め、不安を残していたことも記されている。

それでも、優勝候補の一番手。

初戦の相手は東京・日大二だった。

「消えた試合」|岡山東商3-1日大二

学校名 1 2 3 4 5
岡山東商 0 1 1 0 1 3
日大二 1 0 0 0 0 1
降雨ノーゲーム
大会アーカイブの詳細記録では、5回裏、日大二が一死一、二塁としたところで降雨ノーゲーム。岡山東商が3-1とリードしていたが、この試合の記録は成立しなかった。

3-1。それでも、その3点は存在しなくなった

初回は日大二が1点。

しかし岡山東商は二回に追いつき、三回に勝ち越した。

五回にも1点。

3-1。

春の王者は、夏の最初の試合でも優位に進めていた。

ところが雨だった。

試合は続けられない。

当時の規定ではノーゲーム。

3-1も。

それまで積み上げたアウトも。

ヒットも。

全部、なかったことになった。

仕切り直し|日大二4-0岡山東商

学校名 1 2 3 4 5 6 7 8 9
岡山東商 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
日大二 0 0 0 3 0 0 1 0 x 4
投手

岡山東商:平松
日大二:神山

本塁打

岡山東商:なし
日大二:なし

今度は、平松から日大二が4点

もう一度、0-0から始まった。

前の試合で3点を取った岡山東商だったが、今度は日大二の神山を捉えられない。

四回。

日大二が3点。

七回にも1点。

岡山東商は4安打。

得点は0。

日大二4-0岡山東商。

春の全国王者の夏は、初戦で終わった。

日大二4-0岡山東商|詳細記録

学校名 打数 安打 打点 二塁打 三塁打 本塁打 三振 四死球 犠打 盗塁 失策 残塁
岡山東商 30 4 0 1 0 0 5 3 1 0 0 7
日大二 31 8 4 1 1 0 3 3 2 1 2 8
村瀬メモ|甲子園には、「勝っていたのに存在しない試合」がある

僕は、こういう試合にどうしても惹かれる。

公式記録だけを見る。

日大二4-0岡山東商。

それで終わりである。

でも、その前にもう一試合あった。

岡山東商3-1日大二。

春の全国王者がリードしていた。

ところが、その試合には勝者も敗者もいない。

雨が降って、記録そのものが消えたからだ。

翌日もう一度やれば、同じ野球になる――。

もちろん、そんなことはない。

同じ投手。
同じ打者。
同じ甲子園。

それでも昨日の3-1を、今日の0-0へ持ってくることはできない。

昔から「雨が平松の春夏連覇を阻んだ」と語られることがある。

ただ、僕は雨だけのせいにはしたくない。

仕切り直しの試合で、日大二の神山が岡山東商を4安打無得点に抑えた。それもまた、きちんと残すべき野球の記録である。

それでも――。

一度は3-1だった。

その事実を知ってから0-4を見ると、敗戦の色が少し変わる。

甲子園には、スコアブックから消えても、人の記憶からは消えない試合がある。

もう一つの岡山東商|1973年と1978年

岡山の初戦を調べていると、岡山東商は1965年だけでは終われない。

むしろ、その後にも忘れ難い初戦がいくつも残っている。

1973年|岡山東商0-1銚子商、延長12回

1973年夏。

岡山東商は、銚子商と延長十二回を戦った。

0-0。

十二回裏、ようやく1点。

0-1。

岡山東商は敗れた。

そして銚子商の次の相手が、作新学院だった。

江川卓。

銚子商はそこでも延長十二回を戦い、また1-0で勝つ。

高校野球史に残る「江川―銚子商」の巨大な一戦。その一試合前に、岡山東商との十二回があった。

千葉側から見ると、同じ試合がまるで違って見える

この1973年の一戦は、千葉編では「銚子商の勝った初戦」として取り上げた。

岡山東商から見れば、十二回をゼロで耐えて敗れた試合。

銚子商から見れば、翌年の全国制覇、そして次戦の江川攻略へ続いていく最初の一歩。

同じスコアなのに、どちらの県から見るかで物語が変わる。

このシリーズを47都道府県で続けていると、こういう「歴史の交差点」がだんだん増えてくる。それが僕には面白い。

1978年|取手二を破り、岡山東商は再び4強へ

そして1978年夏。

岡山東商は初戦で取手二を3-1で破った。

続いて福井商に3-2。

旭川竜谷に4-2。

準々決勝では豊見城を延長十回6-5。

ベスト4。

準決勝で高知商に0-4で敗れた。

岡山東商にとって、これが現在まで最後の夏の甲子園ベスト4である。

村瀬メモ|名門の時間は、一直線には進まない

1965年。

平松政次で全国優勝。

同じ年の夏、雨のノーゲームから初戦敗退。

1973年。

銚子商と十二回を戦って0-1。

1978年。

今度は初戦を勝ち、ベスト4まで行った。

名門という言葉を聞くと、ずっと勝っている学校のように錯覚してしまう。

でも本当は違う。

勝ったり、負けたり。
消えた試合があったり。
もう一度、上まで戻ってきたりする。

その繰り返しが、いつの間にか「名門」という名前になる。

僕には、岡山東商の歴史がそんなふうに見える。

まとめ|記録から消えた3-1と、記録に残った3-2

2011年。

関西3-2九州国際大付。

十二回まで戦った3-2は公式記録に残った。

その1勝から、関西は夏初のベスト4まで行った。

1965年。

岡山東商3-1日大二。

こちらの3-1は、公式の勝敗記録には残らなかった。

雨で消えたからである。

そして残った公式記録は、日大二4-0岡山東商だった。

記録に残った3-2。

記録から消えた3-1。

初戦を追い続けていると、勝敗だけでは拾えないものが次々に見えてくる。

その後のベスト4を生んだ一打。
雨に流されたリード。
翌日には再現できなかった昨日の野球。

だから僕は、昔のスコアをただ並べるだけではもったいないと思う。

数字の間に、人がいる。
時間がある。
そして、ときどき雨まで降ってくる。

岡山の初戦史には、それがよく見える。

岡山の甲子園初戦史|よくある質問

Q1.2011年夏の関西高校は初戦でどこに勝った?
A.同年春のセンバツ準優勝校・九州国際大付に、延長12回3-2でサヨナラ勝ちした。大会上は2回戦表記だが、関西にとってはこの大会の初戦だった。
Q2.関西―九州国際大付戦のサヨナラ打を放ったのは誰?
A.4番の渡辺。4回に本塁打、8回にも勝ち越し打を放ち、延長12回には二塁への内野安打でサヨナラを決めた。この試合の関西の3得点すべてで打点を記録した。
Q3.2011年の関西高校はその後どこまで進んだ?
A.明豊を7-1、如水館を8-3で破り、夏の甲子園では学校史上初のベスト4へ進んだ。準決勝では、この大会を優勝する日大三に4-14で敗れた。
Q4.1965年春の岡山東商は甲子園で優勝した?
A.優勝した。エース平松政次を擁し、決勝では市和歌山商を延長13回2-1で破った。岡山県勢にとって春夏を通じて初めての全国制覇だった。
Q5.平松政次のセンバツ連続無失点記録は何イニング?
A.39イニング。1965年センバツで岡山東商を全国優勝へ導き、この39イニング連続無失点は大会記録として知られる。
Q6.1965年夏の岡山東商―日大二戦は、なぜやり直しになった?
A.岡山東商が3-1とリードしていた試合が降雨ノーゲームになったため。当時の規定では試合が成立せず、最初からやり直しとなった。仕切り直しの試合では日大二が4-0で勝った。
Q7.1973年夏の岡山東商は誰に敗れた?
A.銚子商に延長12回0-1でサヨナラ負けした。銚子商は次戦で江川卓を擁する作新学院とも延長12回を戦い、同じ1-0で勝利した。
Q8.岡山東商が夏の甲子園で最後にベスト4へ進んだのはいつ?
A.1978年。初戦で取手二を3-1で破り、福井商、旭川竜谷、豊見城にも勝ってベスト4へ進出した。準決勝で高知商に0-4で敗れた。

関連記事

参考文献・情報ソース

阪神甲子園球場|第93回全国高等学校野球選手権大会・2011年8月11日

https://koshien.hanshin.co.jp/highschool/summer2011/schedule_20110811.html

関西3-2九州国際大付、延長12回のイニングスコア確認に使用。

日本高等学校野球連盟|第93回全国高等学校野球選手権大会・組み合わせ

https://www.jhbf.or.jp/sensyuken/2011/tournament/

2011年の関西高校の勝ち上がり、ベスト4進出の確認に使用。

朝日・日刊スポーツ 高校野球|2011年第93回大会アーカイブ

https://smart.asahi.com/v/koshien/stats/summer/y2011.php

九州国際大付戦、明豊戦、如水館戦、日大三との準決勝など大会結果の確認に使用。

日本高等学校野球連盟|第81回~第85回選抜大会 出場校・優勝校一覧

https://www.jhbf.or.jp/senbatsu/outing/81-85.html

2011年センバツの優勝・東海大相模、準優勝・九州国際大付の確認に使用。

阪神甲子園球場|第83回選抜高等学校野球大会

https://koshien.hanshin.co.jp/highschool/spring2011/schedule.html

2011年春の九州国際大付の準優勝、東海大相模との決勝などの確認に使用。

岡山県立岡山東商業高等学校野球部OB会|甲子園出場歴

https://okayamahigashisho-bbc-ob.1net.jp/higashibbc_ob/koushien.html

1965年春の優勝、夏の日大二戦の降雨ノーゲームと0-4、1973年銚子商戦、1978年のベスト4までの戦績確認に使用。

朝日・日刊スポーツ 高校野球|1965年第47回大会アーカイブ

https://smart.asahi.com/v/koshien/stats/summer/y1965.php

再試合の日大二4-0岡山東商、大会全体の結果確認に使用。

朝日・日刊スポーツ 高校野球|日大二―岡山東商 試合記録

https://smart.asahi.com/v/koshien/game/1965/400/6830/index.php

再試合のイニングスコアと両校先発投手の確認に使用。

高校野球甲子園|全国大会ノーゲーム記録

https://koushien.s100.xrea.com/nogame.htm

岡山東商3-1日大二、5回裏途中での降雨ノーゲームの詳細確認に使用。

野球殿堂博物館|平松政次

https://baseball-museum.or.jp/hall-of-famers/hof-195/

平松政次の1965年センバツ優勝、その後の経歴、プロ通算201勝などの確認に使用。

週刊ベースボールONLINE|平松政次が岡山に初の優勝をもたらす

https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?id=097-20180329-14&pid=column_detail

1965年センバツ決勝、39イニング連続無失点、岡山県勢初の全国制覇などの確認に使用。

注意書き

本記事は、大会公式記録、高校野球大会アーカイブ、学校野球部OB会資料、報道記事、および記事作成時に確認した大会記録画面を照合し、筆者の記憶と考察を加えて再構成したものです。試合の空気や学校・県勢史における位置づけには筆者独自の解釈を含みます。

1965年の岡山東商―日大二の降雨ノーゲームについては、岡山東商野球部OB会では「5回表終了降雨ノーゲーム」と簡略表記される一方、大会アーカイブの詳細記録では「5回裏一死一、二塁」で降雨ノーゲームとなったことが示されています。本記事では詳細記録を踏まえ、「5回裏途中の降雨ノーゲーム」と記載しています。いずれの資料でも、ノーゲーム時点のスコアが岡山東商3-1日大二であったこと、仕切り直しの公式戦が日大二4-0岡山東商であったことは一致しています。

記事本文にはschema.org用のJSON-LD、FAQPage、Article、SportsEvent等の構造化データは使用していません。

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