大分の甲子園初戦クロニクル|今宮明豊が島袋興南をサヨナラ撃破、柳ヶ浦は王者・常総に1点差

九州

初戦・故郷の白球史|49代表地区に残る、勝った夏と負けた夏
大分の甲子園初戦クロニクル|柳ヶ浦から明豊へ、強豪の主役が移っていく夏

大分の高校野球を長く見ていると、時代によって思い浮かぶ学校の名前が変わる。

津久見。大分商。柳ヶ浦。そして今なら、明豊。

今回の「勝った初戦」と「負けた初戦」を選んでいたら、ちょうどその主役交代が見える二試合になった。

2003年、柳ヶ浦は、その大会を最後に制する常総学院と初戦でぶつかった。1-2。あと一点だった。

そして6年後。2009年の明豊には、今宮健太がいた。

投げても速い。打っても飛ばす。小柄なのに、とにかく全身からエネルギーがあふれていた。

その明豊の初戦相手が興南。エースは2年生の島袋洋奨。

この一年後、島袋は興南を春夏連覇へ導く。つまり2009年の甲子園初戦は、

今宮健太と、翌年の春夏連覇投手・島袋洋奨がぶつかった試合

だった。しかも3-0から明豊が追いつき、最後はサヨナラ。大分編、これはかなり濃い。

この記事の30秒要約

勝った初戦は2009年の明豊4x-3興南。興南は2年生・島袋洋奨が5回まで3-0とリードしたが、明豊は6回に2点、8回に同点。9回、二度のバント失敗がありながら盗塁で好機を作り、野口昂平がサヨナラ打を放った。島袋は翌2010年、興南を春夏連覇へ導く。明豊はその後、西条、常葉橘を破って8強へ進み、春に敗れた花巻東と準々決勝で再戦した。

負けた初戦は2003年の柳ヶ浦1-2常総学院。両左腕の投げ合いとなり、常総学院が5回に2点。柳ヶ浦は7回に1点を返したが届かなかった。常総学院はそのまま全国優勝。柳ヶ浦には後のプロ・吉良俊則、そして1年生の山口俊がおり、山口も2イニング登板した。

大分代表の「勝った初戦」|2009年・明豊4x-3興南

5回まで0-3。相手のエースは2年生・島袋洋奨。
それでも明豊は6回から追い上げ、9回にサヨナラ。翌年の春夏連覇投手を、その前年の夏に止めた。

明豊対興南|イニングスコア

学校名 1 2 3 4 5 6 7 8 9 計 安打
興南 0 1 0 1 1 0 0 0 0 3 5
明豊 0 0 0 0 0 2 0 1 1x 4 9
投手

興南:島袋
明豊:今宮 → 野口

本塁打

興南:真栄平
明豊:なし

今宮と島袋。いま見ると、すごい初戦である

2009年8月8日。大会初日。明豊の相手は興南だった。

明豊の中心は今宮健太。興南のエースは2年生、島袋洋奨。

翌2010年、島袋は興南を春夏連覇へ導く。「琉球トルネード」の名前を全国に刻む一年前だった。

5回終了時点では興南3-0。明豊には嫌な展開だった。

6回、ようやく島袋をつかまえる

興南は2回に1点。4回には真栄平が大会第1号の本塁打。5回にも1点。3-0。

その島袋を明豊が6回につかまえる。4安打を集めて2点。2-3。

8回、阿部の適時打。3-3。

二度バントに失敗して、それでもサヨナラ

9回裏。明豊は四球で走者を出す。

ところが二度、バントに失敗した。

それでも盗塁で二死二塁。

打席は野口昂平。

左越えへ。

4x-3。

翌年、春夏連覇を達成する島袋から、明豊がサヨナラ勝ちした。

明豊4x-3興南|詳細記録

学校名 打数 安打 打点 二塁打 三塁打 本塁打 三振 四死球 犠打 盗塁 失策 残塁
興南 31 5 3 1 0 1 6 1 3 1 2 5
明豊 34 9 4 1 0 0 9 1 1 1 4 6
村瀬メモ|翌年、春夏連覇する投手を止めた夏

島袋洋奨という名前を見ると、どうしても2010年が先に浮かぶ。

センバツ優勝。夏も優勝。沖縄県勢初の春夏連覇。

でも、その一年前の夏、島袋は甲子園の初戦で負けている。相手が明豊だった。

しかも打席に立つのは今宮健太。日刊スポーツによると、今宮は島袋から4打数2安打、島袋も2三振を奪った。

翌年の王者になる投手と、のちにソフトバンクの中心選手になる今宮。

その時はただの一回戦。でも未来を知ってから見ると、とんでもないカードだったことに気づく。

西条、常葉橘。そして、もう一度花巻東

明豊は2回戦で西条を4-0。野口が完封した。

3回戦は常葉橘。9回に追いつき、延長12回8-6。今宮は投げて153キロ、打って3安打。

そして準々決勝は花巻東。

春のセンバツ2回戦では0-4。菊池雄星に12三振を奪われ、完封負けした相手だった。

その夏、もう一度当たった。

延長10回、6-7。今宮はマウンドで154キロを計測した。

春に負けた相手を追いかけ、夏の準々決勝まで戻ってきた。2009年明豊は、僕には「リベンジの夏」に見える。

大分代表の「負けた初戦」|2003年・柳ヶ浦1-2常総学院

相手は木内幸男監督の常総学院。
柳ヶ浦は4安打に抑えられながら7回に1点を返し、最後まで食らいついた。常総学院は、そのまま全国優勝へ進む。

常総学院対柳ヶ浦|イニングスコア

学校名 1 2 3 4 5 6 7 8 9 計 安打
柳ヶ浦 0 0 0 0 0 0 1 0 0 1 4
常総学院 0 0 0 0 2 0 0 0 x 2 5
投手

柳ヶ浦:中田 → 山口 → 松延孝
常総学院:磯部

本塁打

柳ヶ浦:なし
常総学院:なし

両左腕。静かな試合だった

2003年の夏。柳ヶ浦の初戦相手は常総学院。

監督は木内幸男。その名前だけでも、高校野球ファンなら嫌な相手だと思う。

常総の先発は左腕・磯部。柳ヶ浦も左腕・中田。4回まで0-0。

五回、常総が2点

試合が動いたのは5回。常総学院が2点を先制した。

柳ヶ浦も7回に1点を返す。1-2。

しかし磯部が最後まで崩れない。

柳ヶ浦1-2常総学院。

その常総学院はこの後も勝ち続け、決勝でダルビッシュ有の東北を4-2で下して全国優勝する。

常総学院2-1柳ヶ浦|詳細記録

学校名 打数 安打 打点 二塁打 三塁打 本塁打 三振 四死球 犠打 盗塁 失策 残塁
柳ヶ浦 29 4 1 1 0 0 8 1 1 0 0 3
常総学院 27 5 2 3 0 0 1 2 0 1 1 3
村瀬メモ|また優勝校か。柳ヶ浦には、そんな夏があった

柳ヶ浦の初戦を眺めていると、妙に「その年の王者」に当たる印象がある。

1998年。初戦の相手は松坂大輔の横浜。柳ヶ浦は1-6で敗れた。

その横浜はPL学園との延長17回、明徳義塾との大逆転、そして決勝のノーヒットノーランまで駆け抜けて全国制覇する。

そして2003年。今度は常総学院。柳ヶ浦は1-2。

また、その相手が全国優勝した。

初戦で優勝校を引く。高校野球では、これほど理不尽なこともない(笑)。

でも逆に言えば、全国王者を相手にどれだけやれたかが、そのチームの強さを教えてくれることもある。

2003年の柳ヶ浦は、王者になる常総に1点差だった。

一年生・山口俊は、もう甲子園のマウンドにいた

この柳ヶ浦には、後から見ると面白い名前がいる。吉良俊則。そして山口俊。

山口は、まだ1年生だった。常総戦では中田の後を受けて2イニング登板。

そして翌2004年。山口は柳ヶ浦のエースとして明治神宮大会へ。

決勝の愛工大名電戦では8回までノーヒット投球。8-2で勝ち、柳ヶ浦は初出場初優勝。

2003年の甲子園では1年生。その一年後には全国大会の決勝で主役。こういう成長の入口が、昔の初戦スコアに隠れている。

村瀬メモ|柳ヶ浦と明豊。その二校をつないだ大悟法久志

今回の二試合には、一つ注意しておきたいことがある。

2003年の柳ヶ浦を率いていたのは、大悟法久志監督ではない。この時の監督は藤久保茂己。

一方、2009年の明豊を率いていたのは大悟法監督である。

だから「この二試合を同じ監督が率いた」と書いてはいけない。

でも、大悟法という名前は、大分高校野球の柳ヶ浦と明豊を確かにつないでいる。

柳ヶ浦では1994年夏、ベスト4。明豊では2009年夏、ベスト8。両校で春夏通算9度、甲子園へ出場した。

大分の高校野球で、柳ヶ浦の存在感が強かった時代。そして明豊が全国区へ出ていく時代。

その両方に大悟法監督がいる。僕には、今回の二試合が大分の強豪史のバトンが動く途中の二枚の写真のように見える。

まとめ|王者に一歩届かなかった柳ヶ浦と、未来の王者を止めた明豊

2003年、柳ヶ浦は常総学院に1-2で敗れた。その常総は全国優勝した。

2009年、明豊は興南に4x-3で勝った。その興南は翌年、春夏連覇した。

片方は、その年の王者に初戦で負けた。

片方は、翌年の王者を初戦で止めた。

高校野球のトーナメントは、組み合わせ一つで物語が変わる。

そして未来を知ってから昔の初戦を見返すと、その一勝、その一敗の意味まで変わって見える。

大分の二試合は、その面白さをよく表していると思う。

大分の甲子園初戦史|よくある質問

Q1.2009年の明豊対興南はどんな試合だった?
A.興南が5回まで3-0とリードしましたが、明豊が6回に2点、8回に1点を返して同点。9回裏、野口昂平が左越えにサヨナラ打を放ち、明豊が4-3で勝ちました。
Q2.興南の島袋洋奨はこの時何年生だった?
A.2年生です。翌2010年、3年生の島袋は興南のエースとしてセンバツと夏の甲子園を制し、沖縄県勢初の春夏連覇を達成しました。
Q3.2009年の明豊はどこまで進んだ?
A.興南、西条、常葉橘を破ってベスト8。準々決勝で花巻東に延長10回6-7で敗れました。今宮健太はこの試合で154キロを計測しています。
Q4.2003年の常総学院はその年優勝した?
A.はい。柳ヶ浦を2-1で破ったあと勝ち進み、決勝ではダルビッシュ有を擁する東北を4-2で下して全国優勝しました。
Q5.2003年の柳ヶ浦に山口俊はいた?
A.いました。まだ1年生で、常総学院戦では中田の後を受けて2イニング登板しています。翌2004年の明治神宮大会ではエースとして柳ヶ浦を初優勝へ導きました。
Q6.大悟法久志監督は2003年の柳ヶ浦も率いていた?
A.いいえ。2003年の柳ヶ浦の監督は藤久保茂己です。大悟法久志監督は柳ヶ浦を1994年夏ベスト4へ導き、のちに明豊を率いて2009年夏ベスト8へ進みました。

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使用した主な情報ソース

朝日・日刊スポーツ高校野球大会アーカイブ|2009年 明豊vs興南
https://smart.asahi.com/v/koshien/game/2009/400/32716/index.php

日刊スポーツ|明豊が興南にサヨナラ勝ち
https://www.nikkansports.com/baseball/highschool/sensyuken/2009/news/f-bb-tp3-20090808-528750.html

日刊スポーツ|島袋氏の甲子園/2年悲劇、3年鉄腕で春夏連覇
https://www.nikkansports.com/baseball/highschool/news/202004150000043.html

朝日・日刊スポーツ高校野球大会アーカイブ|2003年第85回大会
https://smart.asahi.com/v/koshien/stats/summer/y2003.php

甲子園台帳|柳ヶ浦の出場記録・メンバー
https://www.kokoshinro.com/school.php?name=%E6%9F%B3%E3%83%B6%E6%B5%A6

日本学生野球協会|2004年明治神宮大会決勝
https://www.student-baseball.or.jp/game/jingu/2004/game19.html

デイリースポーツ|選手権100回大会企画 大分の高校野球
https://www.daily.co.jp/baseball/hs-feature/2018/07/02/0011400433.shtml

本記事は、公開されている大会記録、報道記事、高校野球関連資料および朝日・日刊スポーツ大会アーカイブの記録画面を照合し、筆者の記憶と考察を加えて再構成した。試合の評価や歴史的位置づけには筆者独自の解釈を含む。選手名、学校名、記録は当時の表記を基本とした。
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