京都の甲子園初戦クロニクル|鳥羽が前年王者を撃破、京都国際は延長11回サヨナラ負け

甲子園コラム

夏の甲子園・初戦クロニクル|京都府
初代王者の系譜を引く鳥羽と、新しい王者になった京都国際。京都の初戦には、百年分の時間が流れている。

京都の高校野球史を振り返ると、この県はどうしても特別に見えてくる。

なにしろ、高校野球の全国大会の歴史を一番はじめまでさかのぼったとき、最初に出てくる優勝校が京都二中だからである。

1915年、第1回全国中等学校優勝野球大会。
京都二中は秋田中を破って、最初の王者になった。

その京都二中の流れを受け継ぐ学校が、のちの鳥羽である。

そして、時代がずっと下って令和。
今度は京都国際という新しい名前が、京都の高校野球を全国の中心へ押し上げていく。

今回、京都の初戦を二つ選ぶなら、僕はこの対照をそのまま記事にしたい。

ひとつは2000年。
20世紀最後の夏、54年ぶりに帰ってきた鳥羽が、前年王者・桐生第一を破った日。

もうひとつは2022年。
前年4強、左腕・森下瑠大を擁し優勝候補とも見られた京都国際が、初日のナイターで延長11回の末に敗れた日。

けれど、その敗戦の先に、この学校の全国制覇が待っていた。

2000年|鳥羽5-1桐生第一――京都二中の流れをくむ学校が、前年王者を倒した日

54年ぶりの夏。しかも相手は前年の全国王者・桐生第一。
鳥羽は気後れしなかった。二回に先制し、四回と六回には中井の本塁打。谷口は3安打完投だった。

鳥羽対桐生第一|イニングスコア

学校名 1 2 3 4 5 6 7 8 9 安打
鳥羽 0 3 0 1 0 1 0 0 0 5 13
桐生第一 0 0 0 0 0 0 1 0 0 1 3
投手

鳥羽:谷口
桐生第一:一場 → 星野 → 伊藤

本塁打

鳥羽:中井2
桐生第一:なし

2000年夏、第82回大会。

鳥羽の甲子園は、ただの久しぶりではなかった。

この学校は、1915年の第1回大会を制した京都二中の流れをくむ。
その意味では、高校野球そのものの始まりに立ち会っていた学校が、20世紀最後の夏にふたたび甲子園へ戻ってきた、と言ってもいい。

しかも1946年以来、54年ぶりの夏である。

そこでいきなり相手になったのが、前年王者の桐生第一だった。

いかにも厳しい初戦に見える。
けれど、試合は鳥羽の側に、まるで迷いなく流れていった。

二回、近沢が出て、中井が決める

二回、近沢が中前打で出ると、鳥羽はそこから動いた。

一死二塁から、中井が二塁左を破る適時打。
さらに暴投も絡んで、この回3点。

3-0。

54年ぶりの夏、前年王者を相手に、鳥羽は先に前へ出た。

四回と六回、中井の二発

そしてこの試合を、より「鳥羽の日」にしたのが中井だった。

四回に一発。
六回にも、もう一発。

本塁打2本。
スコアだけでなく、試合の空気そのものを鳥羽側へ引き寄せるような打撃だった。

桐生第一の先発は、のちに注目を集める本格派・一場。
その右腕を相手に、鳥羽打線は13安打を放った。

谷口、3安打完投

投げては谷口である。

両コーナーを丁寧について、桐生第一に的を絞らせない。
終わってみれば3安打完投。

7回に1点を失ったとはいえ、試合全体の主導権はほとんど渡さなかった。
5-1。前年王者を相手にした完勝だった。

鳥羽5-1桐生第一|詳細記録

学校名 打数 安打 打点 二塁打 三塁打 本塁打 三振 四死球 犠打 盗塁 失策 残塁
鳥羽 34 13 3 0 0 2 2 2 1 1 0 5
桐生第一 29 3 1 0 1 0 10 0 1 0 0 2

※詳細記録は、朝日・日刊スポーツ大会アーカイブの提供画面をもとに転記。得点と打点は、失策、野選などによって一致しない場合がある。

村瀬メモ|鳥羽の5-1は、その次の1-2xまで含めて記憶に残る

僕にとって2000年の鳥羽は、前年王者の桐生第一を破ったチームであると同時に、その次の横浜戦まで含めて忘れにくいチームである。

3回戦。相手は全国屈指の強豪・横浜。
鳥羽はその横浜を相手に最後まで食らいつき、1-2xで惜敗した。

初戦で前年王者を5-1で破った。
そして次の試合でも、横浜を最後の最後まで追い詰めた。

だから、あの5-1は「久しぶりに甲子園へ戻ってきた学校が勢いで一つ勝った」という試合ではなかったことが、その次の1-2xを見るとよく分かる。

京都二中の流れ、という言葉を簡単にロマンだけで済ませたくはない。
けれど、54年ぶりに戻ってきた夏の鳥羽には確かに、相手の名前にひるまず、簡単には終わらないしぶとさがあった。

初代王者の系譜というのは、昔の優勝旗を眺めることだけではないのかもしれない。
こういう試合を見せられると、長い時間のどこかで受け継がれてきたものを、僕はやっぱり感じてしまう。

2022年|京都国際5-6x一関学院(延長11回)――優勝候補が、初日のナイターでつまずいた夜

前年4強、左腕・森下瑠大を擁し、京都国際には大きな期待が集まっていた。
だが初戦は一関学院。初日のナイターで延長11回、最後はサヨナラ負けだった。

一関学院対京都国際|延長11回のイニングスコア

学校名 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 安打
京都国際 1 0 0 0 0 0 0 2 2 0 0 5 11
一関学院 3 0 1 0 0 1 0 0 0 0 1x 6 13
投手

京都国際:森下 → 森田 → 松岡
一関学院:小野涼 → 寺尾

本塁打

京都国際:なし
一関学院:なし

2022年夏。
京都国際の名前には、前年の夏で積み上げた熱が残っていた。

2021年、京都国際は準決勝まで進み、ベスト4。
エース森下瑠大の投球は鮮烈で、この学校はもう「新しい強豪」ではなく、全国制覇を狙う学校として見られるようになっていた。

だからこそ、2022年の初戦敗退は、京都の高校野球ファンにとってかなり意外なものだったはずだ。

相手は一関学院。
大会初日のナイターだった。

初回の3失点が、最後まで重かった

京都国際は初回に1点を先制した。
先に点を取った以上、流れを握れそうにも見えた。

だがその裏、一関学院が3者連続安打でチャンスを広げ、小松の2点三塁打などで3得点。

いきなり1-3。

森下は故障からの復帰途上でもあり、万全ではなかった。
それでも、大崩れはしない。

3回に1点、6回に1点を失いながらも、試合を完全に離されるところまでは行かなかった。

八回と九回、京都国際は追いつく

この試合の京都国際が、ただの力負けで終わらなかったのは、終盤の粘りだった。

八回に2点。
九回には平野の2点適時打で、ついに5-5。

負け試合を、もう一度五分のところへ引き戻した。

こういう試合を見ると、やはり地力はあったのだと思う。
前年4強は、看板だけではなかった。

延長11回、最後は一関学院のサヨナラ

延長10回は両校無得点。

そして11回裏、一関学院は一死二塁。
寺尾が中前へ運ぶ。

6x-5。
優勝候補とも見られた京都国際の夏は、初日のナイターで終わった。

一関学院6x-5京都国際|詳細記録

学校名 打数 安打 打点 二塁打 三塁打 本塁打 三振 四死球 犠打 盗塁 失策 残塁
京都国際 38 11 5 2 0 0 0 4 5 0 1 9
一関学院 40 13 6 0 1 0 5 1 3 0 1 7

※詳細記録は、朝日・日刊スポーツ大会アーカイブの提供画面をもとに転記。得点と打点は、失策、野選などによって一致しない場合がある。

村瀬メモ|初戦で終わったのに、終わりではなかった

2022年の京都国際は、負けた試合として選んでいるのに、どこか未来の匂いがする。

前年4強の期待を背負いながら、初日のナイターで延長11回サヨナラ負け。普通なら「まさか」で終わる。

けれど、この学校はその二年後、2024年夏に全国制覇を成し遂げる。京都勢として68年ぶりの夏の優勝だった。

だから僕は、この5-6xを見るたびに、「ここで終わった」とは思わない。
むしろ、この悔しさを通って、京都国際は京都の新しい王者になっていったのだと思う。

番外編|京都には、まだ書きたくなる初戦がある

1981年・京都商5x-4前橋工――渡辺久信を倒して準優勝へ

1981年の京都商も、京都の初戦史を語るうえで外しがたい。初戦で前橋工を5x-4で破り、その相手マウンドにいたのが1年生の渡辺久信だった。

その一勝から京都商は勝ち進み、井口和人を軸に決勝まで到達する。今回は正式採用を見送ったが、「初戦から準優勝へ」という意味では、まさに京都らしい一本である。

1990年・平安5-3関東一――古豪復活の入り口

左腕・西村を擁した平安は、1990年の初戦で関東一を下し、甲子園で久しぶりに校歌を響かせた。

古豪復活という言葉が似合う夏で、この流れがのちの川口知哉の時代や、龍谷大平安となってからの全国制覇へつながっていくように、僕には見える。

2014年・龍谷大平安1-5春日部共栄――春夏連覇の夢が消えた朝

2014年春、龍谷大平安はセンバツを制した。だから夏の開幕戦での敗戦は、インパクトという意味では非常に大きい。

ただ、今回は「敗れても次の全国制覇へ物語が伸びる」という観点から、京都国際を選んだ。京都の初戦史の厚みは、こうした落選候補の豪華さにも表れていると思う。

まとめ|最初の王者の県で、新しい王者も生まれた

2000年の鳥羽は、京都二中の流れをくむ学校として、54年ぶりの夏に甲子園へ戻ってきた。

しかも初戦の相手は、前年王者・桐生第一。
その相手に5-1で勝ったのだから、ただの復活ではない。

そして2022年の京都国際は、前年4強の期待を背負いながら、初日のナイターで5-6xの敗戦を喫した。

けれど、その学校は二年後、2024年に全国の頂点へ立つ。

最初の王者の系譜。
新しい王者の誕生。
そのあいだには京都商も平安も、龍谷大平安もいた。

京都の初戦を辿っていると、この県の高校野球史は、ずっと一本の川のようにつながっているように見えてくる。

僕が今回いちばん面白いと思ったのは、その時間の長さだった。

京都の甲子園初戦史|よくある質問

Q1.2000年の鳥羽はなぜ印象的な初戦勝利として選ばれた?
A.鳥羽は第1回大会優勝校・京都二中の流れをくむ学校で、2000年夏は1946年以来54年ぶりの出場でした。その初戦で、前年王者の桐生第一を5-1で破ったため、京都の歴史と意外性の両方を兼ね備えた一勝として印象的です。
Q2.2000年の鳥羽は次の試合でどうだった?
A.3回戦で横浜と対戦し、1-2xで惜敗しました。前年王者を倒した初戦勝利が、たまたまの一発ではなかったことを示す内容だったと言えます。
Q3.2022年の京都国際対一関学院はどんな試合だった?
A.京都国際が初回に1点を先制しましたが、その裏に一関学院が3点を返して逆転。京都国際は八回に2点、九回にも2点を入れて5-5に追いつきましたが、延長11回裏に一関学院がサヨナラ打を放ち、6x-5で勝利しました。
Q4.2022年の初戦敗退と、その後の京都国際にはどんなつながりがある?
A.2022年は前年4強の期待を背負いながら初戦敗退となりましたが、学校はそこで終わりませんでした。二年後の2024年、京都国際は夏の甲子園で全国制覇を果たし、京都勢として68年ぶりの夏優勝を成し遂げています。
Q5.京都の初戦史で、今回惜しくも本編から漏れた注目試合は?
A.1981年の京都商5x-4前橋工、1990年の平安5-3関東一、2014年の龍谷大平安1-5春日部共栄などがあります。いずれも記事一本になるだけの物語を持った試合です。

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使用した主な情報ソース

朝日・日刊スポーツ高校野球大会アーカイブ|2000年第82回全国高校野球選手権大会

https://smart.asahi.com/v/koshien/stats/summer/y2000.php

鳥羽5-1桐生第一、鳥羽1-2x横浜、大会経過の確認に使用。

朝日・日刊スポーツ高校野球大会アーカイブ|2022年第104回全国高校野球選手権大会

https://smart.asahi.com/v/koshien/stats/summer/y2022.php

一関学院6x-5京都国際、2022年大会経過の確認に使用。

京都府立鳥羽高等学校|沿革

https://www.kyoto-be.ne.jp/toba-hs/mt/School_introduction/history/

鳥羽が京都二中の流れをくむ学校であることの確認に使用。

やっぱり甲子園|第82回全国高等学校野球選手権大会(2000年)

https://hsbb.jp/senshuken/y2000/

鳥羽対桐生第一、鳥羽対横浜の大会記録照合に使用。

やっぱり甲子園|第104回全国高等学校野球選手権大会(2022年)

https://hsbb.jp/senshuken/y2022/

一関学院対京都国際の大会記録照合に使用。

スポニチ|京都国際、森下瑠大先発も一関学院に延長11回サヨナラ負け

https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2022/08/07/kiji/20220806s00001002726000c.html

森下の状態、試合経過、京都国際への期待感の確認に使用。

京都国際高等学校|第106回全国高等学校野球選手権大会 優勝

https://kyoto-kokusai.ed.jp/jp/news/9664

2024年の京都国際全国制覇、および京都勢68年ぶりの夏優勝の確認に使用。

日刊スポーツ|京都商は井口和人を軸に1981年夏準優勝

https://www.nikkansports.com/premium/baseball/news/202505140000715.html

番外編の京都商5x-4前橋工、井口和人と準優勝までの流れの確認に使用。

平安高校野球部応援サイト|1990年夏の足跡

https://heian-baseball-club.net/video/video-05

番外編の平安5-3関東一、古豪復活の流れの確認に使用。

日本高等学校野球連盟|第86回選抜高等学校野球大会

https://jhbf.or.jp/senbatsu/2014/

2014年春の龍谷大平安センバツ優勝、および春夏連覇への流れの確認に使用。

本記事は、公開されている大会記録、報道記事、高野連・高校野球関連の公開資料および朝日・日刊スポーツ大会アーカイブの記録画面を照合し、筆者の記憶と考察を加えて再構成した。試合の評価や歴史的位置づけには筆者独自の解釈を含む。選手名、学校名、記録は当時の表記を基本とした。

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