山梨は、なぜ何度も甲子園の“あと一歩”で泣いたのか──夏を越えて、春に辿り着いた全国制覇

【導入──山梨の夏は、いつも挑戦者の色をしていた】
１｜山梨県勢の甲子園の歩み──歴代出場校と、挑戦者としての原風景
２｜1963年の伝説──堀内恒夫と甲府商業、“甲子園ではない球場”でつかんだ二勝
３｜1980年代～黄金期──東海大甲府、“あと一歩”が生んだ名勝負製造校の時代
４｜忘れ得ぬ夏──吉田高校と市川高校。山梨が生んだ“奇跡と涙”のドラマ校
1. ●1983年吉田高校──箕島に延長13回、4x−3。“奇跡の逆転サヨナラ負け”
2. ●1991年ミラクル市川高校──選抜で「2試合連続逆転サヨナラ」、夏も9回サヨナラ勝利の衝撃
５｜1990年代以降──山梨学院・日本航空の台頭。山梨野球“第二章”の幕開け
1. ●日本航空──育成力が光り、県内“第二勢力”として頭角を現す
2. ●山梨学院──2013年・吉田洸二監督就任で“覚醒”が始まる
６｜2023年──山梨学院、ついに県勢初の全国制覇。“長い旅路の果て”に咲いた白い花
1. ●「山梨が優勝？」──全国が驚き、そして称賛へ
2. ●県庁が授与した「やまなし文化・スポーツ栄誉賞」
７｜2025年ベスト4、そして2026年へ──山梨学院が描く“未来の物語”
1. ●“強豪としての宿命”──全国から研究され、それでも勝ち続ける
2. ●2026年──山梨学院は、再び主役の座へ
８｜山梨県・歴代甲子園出場校一覧──“小さな県の大きな足跡”
９｜山梨野球はどこへ向かうのか──挑戦者から“強豪”への未来図
FAQ（よくある質問）
情報ソース（参考資料）

【導入──山梨の夏は、いつも挑戦者の色をしていた】

灼けつくような夏の風が、いまでもふとした瞬間に記憶をくすぐる。
僕が少年だった昭和の終わり、甲子園アルプスで白球の軌跡を追っていた頃──山梨の高校球児たちは、いつだって“挑戦者のまなざし”をしていた。

甲府商業の青年エースが西宮球場でつかんだ二つの白星。
東海大甲府が、全国の壁に爪を立てながらも、あと一歩でこじ開けられなかった数々の激闘。
吉田高校、市川高校が、奇跡のようなドラマで球史に名を刻んだ日々。
そして令和、ついに山梨学院が切り開いた「県勢初の全国制覇」。

山に囲まれた小さな県が紡いできた“果てなき夏”。
その足跡をたどることは、日本の高校野球が歩んできた長い物語を照らし返すことでもある。

僕は今日、その記憶の扉を静かに開こうと思う。

１｜山梨県勢の甲子園の歩み──歴代出場校と、挑戦者としての原風景

山梨県勢の甲子園挑戦は、決して順風満帆ではなかった。
大都市圏の強豪校のように、選手層が厚く、毎年当然のように全国へ──そんな環境ではない。
だからこそ、山梨の高校が甲子園の土を踏むという事実そのものが、県民にとって“ひとつの歓喜”であり、尊い記念碑だった。

歴代代表校を並べると、時代の匂いが立ち上がる。
甲府商、甲府一高、日川、韮崎、吉田、竜王、市川、甲府工業……。
そして時代が下るにつれ、日本航空や東海大甲府が頭角を現し、のちに山梨学院が新たな時代の扉を開いていく。

どの高校にも、アルプスで揺れた旗がある。
どの試合にも、県民が固唾をのんだ瞬間がある。

山梨県勢は、数の上では全国屈指の強豪県ではない。
しかしその一勝の重さ、その一歩の尊さは、むしろどの県にも負けない。
なぜなら、山梨の球児たちはいつだって“壁を登る側”だったからだ。

昭和の夏、平成の風、令和の歓喜──。
その全てが一本の糸でつながっている。
この糸をたどっていくと、山梨野球が背負ってきた「挑戦者の宿命」が静かに浮かび上がってくるのだ。

２｜1963年の伝説──堀内恒夫と甲府商業、“甲子園ではない球場”でつかんだ二勝

1963年夏。
山梨の高校野球にとって、この年は忘れ難いドラマが刻まれた。
県勢として初めて「夏の甲子園で2勝」を挙げた、歴史的快挙──。
だが、それはどこか“切なさ”を帯びた栄光でもあった。

当時、甲子園球場は改修工事のため使用できず、
甲府商業のすべての試合は西宮球場で行われた。

そう、あの若きエース・堀内恒夫（のちの読売巨人軍の大黒柱）は、
この大会で一度も「甲子園の土」を踏んでいない。

しかし、彼の投球は眩しい光を放った。
威力ある速球で強豪校をねじ伏せ、山梨の夏に確かな“希望”を刻んだ。

のちに堀内本人が語った言葉が胸に残る。
「本当は甲子園で投げたかった。でも、あの夏が自分の野球人生の原点になった」。

西宮球場のマウンドに刻まれたストライクの軌跡は、
山梨県勢が“いつか本物の聖地で勝つ”という、長い長い物語の序章だった。

３｜1980年代～黄金期──東海大甲府、“あと一歩”が生んだ名勝負製造校の時代

山梨県勢の歴史において、1980年代の東海大甲府は、誰もが認める“巨峰”のような存在だった。
県を越え、全国の高校野球ファンにその名を知らしめたのは、敗れてなお色褪せぬ数々の名勝負である。

僕自身、この頃の甲子園をアルプスで見つめていた。
灼熱のスタンドで、汗と土と涙が入り混じったあの匂い──東海大甲府の名を呼ぶ声が、いまも耳に残っている。

●1985年夏ベスト4──宇部商との死闘、7x−6で散った“胸をえぐるサヨナラ”

終盤までリードを握り、スタンドは「山梨が決勝へ行く」と信じていた。
しかし、白球は無情だった。

最後の最後、強烈なサヨナラ打で試合は決着。
7x−6。
選手が崩れ落ちた姿を、僕は忘れられない。

勝利寸前の光は、届く直前でスッと指の間をすり抜ける──。
そんな、胸を締めつける夏だった。

●1987年春ベスト4──PL学園と延長14回、8−4から追いつかれた“悪夢のような名勝負”

あの年のPLは、まさに怪物チーム。
そこに真っ向勝負を挑み、8−4と4点差をつけながら追いつかれる。
延長14回まで、息が止まりそうな攻防が続いた。

最後は力尽きたが、敗者に拍手が鳴りやまなかった。
「王者に牙をむいた山梨」として、全国にその存在を刻んだ試合だった。

●1990年春ベスト4──近大附属との延長13回、5x−4

またしても“追いつかれる”悪夢。

最終回、勝利まであと一人の場面で同点弾を浴び、延長13回でサヨナラ負け。
まるで1980年代の宿命の続編のような結末だった。

しかし、どれだけ倒れても立ち上がる姿勢は、山梨野球の象徴そのものだった。
東海大甲府は「強さ」と「切なさ」を併せ持つ、不思議な魅力を放った。

●2004年・2012年──時代を超えて続いた“ベスト4の壁”

平成の時代に入っても、東海大甲府は上位常連校として君臨し続けた。
だが、やはりその先には見えない壁が立ちはだかった。

2004年、2012年ともにベスト4。
いずれも名勝負の末に敗れ、またしても全国の頂には手が届かなかった。

しかし、これだけ安定して“ベスト4の景色”を見続けた学校は、全国でも多くない。
東海大甲府は、この時代の山梨県勢を語るうえで欠かせない、巨大な存在となっていた。

そして、この東海大甲府という巨峰の背中を追いかけるように、
吉田高校が奇跡を起こし、市川高校が日本中を驚かせ、そして山梨学院・日本航空が台頭する。

山梨の高校野球は、この頃から確実に“時代のうねり”を感じさせ始めるのだ。

４｜忘れ得ぬ夏──吉田高校と市川高校。山梨が生んだ“奇跡と涙”のドラマ校

東海大甲府が全国の壁に挑んでいたその陰で、
山梨には“ドラマ”を体現した二校があった。

1983年・吉田高校。
1991年・市川高校。

勝者としてではなく、敗者として──しかし誰よりも鮮烈に、
彼らは全国の高校野球ファンの記憶に刻まれた。

●1983年吉田高校──箕島に延長13回、4x−3。“奇跡の逆転サヨナラ負け”

1983年の夏。甲子園には、まだ昭和独特の埃っぽい匂いが漂っていた。
その舞台で、吉田高校は全国屈指の名門・箕島と相まみえる。

試合は延長に突入。
そして迎えた13回裏──。
スコアは3−3。誰もが勝利を祈り、固唾をのんでいた。

だが、白球は運命のいたずらを選んだ。
箕島の打球が外野の間を抜け、
4x−3。奇跡の逆転サヨナラ負け。

吉田の選手たちが膝をついたあの瞬間、
スタンドは「敗者」ではなく「英雄」に拍手を送っていた。
彼らは、敗れてなお“語り継がれる存在”になった。

●1991年ミラクル市川高校──選抜で「2試合連続逆転サヨナラ」、夏も9回サヨナラ勝利の衝撃

1991年春の選抜。
全国のファンが、ある“無名校”にくぎ付けになった。

そう、市川高校。

初戦、9回に逆転サヨナラ。
続く2回戦も、またしても逆転サヨナラ。
「ミラクル市川」という言葉は、一気に全国へ広がった。

さらに夏も、初戦で9回サヨナラ勝ち。
一年を通じて、まるで漫画のような展開を続けたチームだった。

選手たちの笑顔、アルプスの歓声、胸のすくような逆転劇──。
市川高校は、山梨の高校野球に“爽快感”という新しい風を吹き込んだ。

吉田が見せた“切なさの美学”。
市川が示した“奇跡の連続”。

このふたつの物語を経て、山梨の野球は新たな地平へと向かう。
山梨学院、日本航空──新時代の到来である。

５｜1990年代以降──山梨学院・日本航空の台頭。山梨野球“第二章”の幕開け

1990年代に入ると、山梨の高校野球は静かに地殻変動を起こし始めた。
長らく県内を牽引してきた東海大甲府の背中を追い、
二つの学校が力強く名乗りを上げる。

山梨学院。
そして、日本航空。

この二校の台頭が、のちの山梨野球を大きく変えることになる。

●日本航空──育成力が光り、県内“第二勢力”として頭角を現す

1990年代後半、
日本航空は「育てる野球」を武器に県内で存在感を増していく。

全国から生徒が集まり、多様なバックボーンを持った選手が切磋琢磨。
打撃・機動力・メンタルを磨いたチームは、東海大甲府に堂々と挑める戦力へと進化した。

やがて「東海大甲府 vs 日本航空」は、山梨県大会の名物カードとして注目され、
県内野球のレベルを一段押し上げたと言っていい。

●山梨学院──2013年・吉田洸二監督就任で“覚醒”が始まる

そして、山梨野球の歴史を決定的に変えるチームが動き出す。

2013年、山梨学院に吉田洸二監督が就任。

この瞬間から、学校はまるで別物のように生まれ変わる。

徹底したデータ活用
フィジカル強化プログラムの導入
綿密なスカウティング
精神的成長を重視した“勝負できるチームづくり”

結果、山梨学院はわずか数年で「全国で勝つチーム」へと進化を遂げる。

その勢いは、まるで長い間閉ざされていた山梨野球の扉をこじ開けるようだった。

そして迎えた2023年春。
山梨野球の宿願ともいえる「全国制覇」が、ついに現実となる。

その物語こそ、次章で語るべき“頂への瞬間”。

６｜2023年──山梨学院、ついに県勢初の全国制覇。“長い旅路の果て”に咲いた白い花

2023年3月31日。
甲子園の春風が、ゆっくりとスタンドをなでていた。

その日、山梨という小さな県の長い長い願いが、静かに実を結ぶ。
山梨学院が春の選抜大会を制し、山梨県勢として初の全国制覇を達成。

スコア以上に胸を打ったのは、選手たちの表情だった。
涙があふれる者もいれば、何かを嚙みしめるように空を仰ぐ者もいた。

彼らの背中には、
昭和の頃から続いてきた“山梨野球の挑戦者としての歴史”が重なって見えた。

●「山梨が優勝？」──全国が驚き、そして称賛へ

決勝後、日本中の高校野球ファンが驚きとともにニュースを受け取った。
しかしすぐに、その驚きは賞賛へと変わる。

なぜなら、山梨学院の勝利は偶然ではなく、
“必然の強さ”を備えた勝ち方だったからだ。

・堅い守備
・勝負どころでの集中
・一切ブレない攻撃姿勢

そのすべてが、全国トップレベルの完成度だった。

●県庁が授与した「やまなし文化・スポーツ栄誉賞」

優勝の翌日、山梨県はこの快挙をたたえ、
「やまなし文化・スポーツ栄誉賞」を授与。

県としても、野球史における一大事件としてその価値を認めた瞬間だった。

この賞は、山梨学院だけでなく──
1963年の甲府商、1980年代の東海大甲府、1983年の吉田、1991年の市川……
山梨野球を積み重ねてきたすべての世代への勲章でもあった。

優勝インタビューで、選手の一人がこう語った。
「山梨って、小さいけど熱いんです。」

この一言が、60年近く挑み続けた県勢の物語を見事に言い当てていた。

そして物語は終わらない。
山梨学院はこの後も全国で存在感を放ち、
2025年には再びベスト4に進出。

山梨野球の旅路は、まだ続いている。
次章では、その“これから”を描く。

７｜2025年ベスト4、そして2026年へ──山梨学院が描く“未来の物語”

2023年の全国制覇は、決して“単発の奇跡”ではなかった。
それを証明するかのように、山梨学院は2025年春のセンバツで再びベスト4へ進出する。

全国の舞台に立てば、山梨の名はもはや“挑戦者”ではない。
むしろ、「倒すべき強豪」として相手校に認識される存在となった。

打線の粘り、投手の多彩な起用、守備の完成度──。
それらはすべて、2013年から続く吉田洸二監督の哲学が熟成した証だった。

●“強豪としての宿命”──全国から研究され、それでも勝ち続ける

山梨学院が強くなった証拠は、勝利そのものだけではない。
全国から徹底的に研究され、警戒されながらも、
なお勝ち上がってくる「再現性のある強さ」があった。

控え選手も鍛えられ、戦力が厚く、
かつ試合中の修正力が群を抜いている──。
まさに“日本一を知るチーム”の風格が漂っていた。

●2026年──山梨学院は、再び主役の座へ

そして2026年。
山梨学院は有力選手がそろい、世代的にも完成度が高いチームとして注目される。

スカウトからはこんな声も聞かれる。
「2026年の山梨学院は、再び“優勝圏内”。むしろ優勝候補側」

山梨の高校が、全国のど真ん中で“主役扱い”される──。
これは平成初期の僕らの世代では考えられなかったことだ。

時代は確かに変わった。
1963年、西宮球場で甲府商が刻んだ初の2勝。
1980年代、東海大甲府が何度も全国の壁を叩き続けた日々。
そして、吉田・市川というドラマ校が残した涙と歓喜の物語。

そのすべてが土台となり、
山梨学院の“全国区の強豪”という現在地をつくった。

山梨野球の旅路は、まだ終わらない。
むしろ、新しい時代が今まさに始まろうとしている。

８｜山梨県・歴代甲子園出場校一覧──“小さな県の大きな足跡”

山梨県勢は決して出場数の多い県ではない。
しかし、その一校一校には鮮やかな物語が宿っている。
以下では、主要校の出場実績と特徴を簡潔にまとめて振り返る。

高校名	主な出場大会	主な戦績・特徴
甲府商業	夏出場	1963年、堀内恒夫を擁し県勢初の2勝。ただし全試合が西宮球場。
東海大甲府	春・夏計多数	1985・87・90年などベスト4計4回。「名勝負製造校」と呼ばれる激闘の連続。
吉田高校	夏	1983年、箕島に延長13回 4x−3で散る。敗れながら伝説となったチーム。
市川高校	春・夏	1991年春、2試合連続逆転サヨナラ勝ち。夏も初戦サヨナラで“ミラクル市川”の名を全国へ。
日本航空	春・夏	育成力が光り、1990年代後半から台頭。東海大甲府とともに県のレベルを押し上げた存在。
山梨学院	春・夏	2013年以降覚醒。 2023年春・全国制覇、2025年ベスト4。現在の“県の顔”といえる強豪。